第21話 油断大敵
「数が多いぞ、いけるのか?」
アイン達に殺到するスケルトンの数は、ざっと数えただけでも30体は下らない。対してこちらは二人と圧倒的に不利な状況だ。
その一体のスケルトンが振り下ろした刃を、アインは大きく飛び退くことで躱し距離を取る。そこに、さらにスケルトンが押し寄せ、ラピスとの間に白骨の壁が形成された。
ラピスと分断される形になったが、アインは焦りを浮かべない。むしろ好都合ですと安心さえしていた。
その理由をユウが訊ねるよりも早く、それは轟音と共に明らかになる。
「ファイヤ・ボール!」
宣言と共に放たれた紅蓮の火球は、スケルトンに着弾とすると同時に轟音と爆風を撒き散らす。衝撃にスケルトンを形作る骨がバラバラに吹き飛んだ。そして間髪入れずに放たれた火球に数体が砕け散る。
「アイン、そっちは任せたからね!」
余裕そのものの声で叫びつつ、さらにスケルトンに火球を見舞う。熱風がこちらにまで届くほどの火力に、アインが好都合だといった理由をユウは理解する。
「なるほど、こりゃあ近くだと危ないな……」
「そういうことです。……私も、頑張りましょう」
近づいてきたスケルトンの頭を光球で粉々に打ち砕くアイン。動きを止めたそれに蹴りを入れると、死んでいることを思い出したように呆気なく崩れ落ちる。
「面倒ですね……出し惜しみせず、一気に行きましょう」
そう呟き、彼女は上着のポケットから小石を取り出す。透き通った黄褐色をしたそれは、指先程度の大きさながら魔術の光を浴びて美しい輝きを放っている。
「それ、宝石か?」
「トパーズです。綺麗でしょう? 黄色い透明な石は全部トパーズだと思っている人も多いんですが、実は青い色のものも多いんですよ。トパーズは熱による影響を受け易いので、最近は熱処理によって色を変えたトパーズが出回るように――」
「あー、講義は後で頼む。今は目の前の敵に集中してくれ」
普段の口下手を置いてきたかの如く早口で捲し立てるアインを黙らせるユウ。
自分が興味あるものに関しての会話では饒舌になるのもコミュ障の特徴だとかなんとか。彼は、そんなことを思い出す。
アインは、頬をふくらませるが正論だと思ったのか反論はなかった。そして、やや強く宝石ごと右手を地面につける。
「地の底より来たれ、古の巨人の一欠片、我が為にその力を奮え。顕現せよ、鏖殺の剛腕!」
アインは、引っ張り上げるように右手を振り上げる。瞬間、粉塵を巻き上げ真上にいたスケルトンを吹き飛ばしながら地面から巨大な右腕が現れる。天を衝くそれは、自らを確かめるように右手を開き、閉じる。そして、拳を固めたままスケルトンに向かって振り下ろす。
「うわっ!」
初めてゴーレムを見た瞬間が、衝撃と共にユウの脳裏にフラッシュバックする。あの時も振るわれた力の大きさに驚愕したが、今回はそれ以上だ。
大地を揺るがすほどの一撃を受けたスケルトンは、原型がわからないほど粉々に押しつぶされ、強制的に地に還されていた。
「薙ぎ払え」
シンプルな命令を右腕はそのままに実行する。それだけで暴力的な破壊が解き放たれ、スケルトンはボーリングのピンさながらに容易く吹き飛ばされ、死を思い出していく。
それから逃れた一体も右腕に捕まり、握りつぶされる。パキパキと軽い音が鳴り止むと、掌から白い粉末が舞った。
「バースト・サークル!」
最後の一体は、足元から円形に吹き出した爆炎に呑まれ、炭化した骨を僅かに残して消え去る。あれだけいたスケルトンの軍団は、今は視界の何処にも存在しない。空間は、再び静寂を取り戻す。
「ふぅ。まっ、こんなもんでしょ」
「ええ、問題ありませんでした」
こともなげに言うラピス。それに同意するアイン。
それに対してユウは、まだ本気じゃなかったのかと戦慄を覚える。そして、納得もしていた。ラピスがこれだけの実力があるなら、アインも同じ力量だと思われるのも無理はない。出来ることが違うだけで、戦闘力という点では同等ではあるようだが。
「さて、邪魔もなくなったし調査を再開しましょう。何か宝でもあればいいんだけど」
アルカに報告するため魔伝話を拾いに行ったラピスを背に、アインは改めて広間の探索を始める。
高い天井に広い空間、剥き出しの地面と周囲の岩盤から人工的に作られたものではない。むしろ、元々あったこの空間に通路を繋げたというのが正しそうだ。
地面に落ちてるのは蹴散らしたばかりの骨、それらが使っていたと思われる装備品。それに石が転がるばかりで、目ぼしい物は何も落ちていない。
「そうなると……やっぱりアレが気になるな」
「ですね」
ユウの言葉にアインも同意し、それを見やる。
広間の中央に鎮座する巨大な石像。獅子に似た形のそれは、獲物を食い殺さんと鋭い牙を剥き、睨まれただけで竦んでしまいそうな目が彫られている。背中の上半分は、異物が紛れたように歪に膨らんでおり、どこか生々しいそれにユウは首筋が冷える思いだった。
「おや、口に手が突っ込まれていますね」
アインが言うとおり石像の口には、白骨化した腕が突き刺さっていた。覗いてみると、その手に何か光るものが握られているのが見える。躊躇わず手を突っ込もうとした彼女を、ユウは慌てて押しとどめる。
「罠の可能性とか考えないのか? こう、突っ込んだ途端バクリ、とか」
「大丈夫ですよ。腕がちぎれたなら体もすぐ傍にあるはずです。けど、ここにはありません」
「そういう問題か……?」
「何か見つかった?」
そこに魔伝話を持ったラピスが戻ってくる。口に中に光るものがあると伝えると、彼女は興奮したように言う。
「それは期待できそうね。引っ張り出せる?」
「ええ。問題なく」
「お願いね……こちらラピス、アルカ隊長聞こえますか?」
「ラピス君! 無事だったかい!?」
「はい、問題ありません。それと報告です。石像の口の中に、光るものを見つけました。オーバー」
「光るもの……宝石か何かかな」
ラピスの報告を尻目に、アインは口に腕を突っ込み光るものに手を伸ばす。ユウが心配したような罠はなかったが、しかし彼は不安を拭いきれないでいた。その理由が、ただ未知の空間に怯えているだけなのか、自分でもわからず余計に不安が募っていく。
「っと、掴めました。これは……ダイヤモンドでしょうか」
「ダイヤモンド!? すごいじゃない! 私にも見せて!」
「今出しますよ、待ってください」
宝を発見したことに興奮する二人。ユウは、それでも不安が晴れない。何か重大なことを見逃している。目の前の地面に薄紙一枚で塞がれた奈落が待ち構えているような違和感。
口の中から白骨化した腕が滑り落ち、軽い音をたてる。それが、思考を起爆させる引き金となった。
「――待て! それを取るんじゃない!」
衝動のままにユウは叫ぶが、既に遅くアインの手には掌ほどの大きさのダイヤが握られていた。
「ユウさん……?」
「今、誰が……?」
「離れろ! ここは危険だ!」
そうだ、これはダイヤ欲しさに手を突っ込んだ者を食い殺す罠ではない。じゃあ、どうしてこの腕は口に突っ込んだ?
逆だ。ダイヤを取るために手を伸ばしたのではない。ダイヤを呑ませるために手を差し出したのだ――。
「ッ!」
言葉ではなく思考を通じてそれを理解したアインは、ラピスを抱きかかえて飛び退く。突然のことに驚いたラピスの手元から魔伝話が離れ――瞬間、それは残骸と化す。
「なっ……」
ラピスは、目の前のそれに言葉を失う。アインは、自身の浅慮を呪い、ユウは、迫る死の気配に呼吸すら忘れていた。
石像だったものが、耳をつんざく咆哮をあげる。獅子の頭部を持ち、山羊の胴体からは歪にその頭部が生え、尻尾は蛇。命を刈り取る大爪には、ラピスの代わりに犠牲になった魔伝話がゴミのように引っ掛かっている。
その怪物の名を、アインは呼ぶ。
「キマイラ……!」
強大な死が再び咆哮をあげる。それは、アイン達にとって命の収穫を告げる鐘でしかなかった。
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