目が覚めたら剣になっていた俺はコミュ障娘の相棒になることにした

@kitakata

第1話 剣とコミュ障の出会い

 かつんかつん、という音に目を覚ます。

 正確には、覚ましたはずと言うべきだった。目を開けはしたものの、目の前には真っ暗な闇しか無かったからだ。

 まだ起きるような時間ではないな。

 彼はそう考えて、もう一度寝なおそうとし、音がだんだんと近づいていることに気がつく。それに、音もフローリングの床らしくない硬質な音だ。

 気になり、体を起こそうとする。が、まったく動かない。固まってしまったかのように微動だしない。


「なんで……」


 声が妙に響いて聞こえる。未知の出来事に混乱するが、すぐに思い当たる。これは金縛りというやつだ。

 こういう時は落ち着いて一つずつ確認していくといいはず。ゆっくりと、自身について思い起こしていく。

 自分の名前は九條ユウ。大学に通っており、今は一人暮らしだ。寝る前に少しだけ酒を飲んで、それから眠りについた。

 だからか、と彼は納得する。アルコールが金縛りの原因なのだと。

 一人納得していると、一際音が大きく聞こえ、一筋の淡い光が差し込む。同時に、聞こえていた音が止んだ。そちらの方に視線を動かすと、逆光の中に人らしきものが見えた。

 青白い光を手に掲げた人物は、ゆっくりとこちらに向かってくる。長いコートのようなものを着た姿は、暗闇も相まって死神を連想させる。

 これは、幻覚だろうか。金縛りにあうと恐ろしいものを見やすいというが、ストレートなものがきたものだ。余裕が生まれたユウは、呑気にそう考えていた。

 わからなければ怯えていただろうが、わかってしまえば怖いものでもない。ふと、思いついたことを試す。


「おい、探しているのは俺か?」


 幻覚に積極的に干渉するとどうなるのだろう、という好奇心から大声で呼びかける。


「……誰!」


 幻覚は、身構え警戒するようにあたりを見回す。

 発した声は、凛とした少女のもので面食らったが、自分の願望が反映されていると思えばおかしくもないと思い直す。誰だって、おっさんよりは美少女に看取られたいと思うものだろう。


「こっちだよこっち! 俺はここにいるぞ!」


 ユウがおどけた口調で呼びかけ続けると、少女は慎重な足取りで近づいてくる。手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいたところで、彼女は止まった。


「……綺麗だな」


 明かりに照らされはっきりと見えた彼女の素顔に、思わず声が漏れる。

 ボブカットぐらいに切られた銀色の髪、炎を照り返す青い瞳、そして整った顔立ち。ありていに言って、美少女という人物だ。


「誰……なに……?」


 こちらを見下ろす彼女が浮かべる表情は困惑だった。

 無理もないかと思いつつ、ユウは喋りかける。


「こんな体勢で悪いね。君は何さん?」


 だからと言ってやめるつもりはない。困ってる美少女というのも、それは可愛らしいものだからだ。

 再度の呼びかけに、彼女は、大きく目を見開き、天を見上げて息を吐く。それは、緊張を解くための深呼吸ではなく、感極まった際に漏れる吐息だった。


「すごい……」


 何が、とユウは問い返そうとし、


「剣が喋るなんて……本当に世界は広い……」

「……はっ?」


 出てきたのは、マヌケな声だった。

 剣? 俺が? どこをどう見たらそうなるんだ?

 混乱するユウをよそに、彼女は目を輝かせて彼を見つめていた。


「どこから声が……?」

「なっ、おわっ!?」


 思わず驚愕の声を上げるユウ。

 足元にあった視点が一気に高くなり、彼女の顔が間近に迫る。混乱は止まらず、体を動かそうにも相変わらず動く気配がない。


「どんな魔術を……どんな目的で……」

「おい! 自分の世界に浸ってないで説明してくれよ! 意味わからんぞ!」


 ユウの叫びに、ブツブツと呟いていた彼女は、慌てたように頭を上げる。


「えっ……あ、はいごめんなさい。えっと、何さん、ですか?」

「ユウ! 九條ユウ!」

「……?ク=ジョウユウさん?」

「違う! ユウ! ユウ=クジョウ! アンダスタン!?」

「あっ、ごめんなさい……ええと、私はアイン=ナットです」


 彼は、アインと名乗った少女に尋ねる。


「アイン、さっきから『剣が喋ってる』と言っているけど、それは本当? 周りに男が倒れていたりしない?」

「えっと、誰もいませんし、声もこの剣……ユウさんから聞こえています」

「それが信じられないんだけど。鏡とか持ってない?」

「鏡はないですが……ちょっと待って下さい」


 そう言って、アインはしゃがみこみ、何か小声で唱える。少し遅れて氷が軋んだような音が聞こえた。


「見づらいですけど、これでどうでしょう」


 アインの顔に向いていた視点が、ぐるんと回り地面に向く。その先には、円形に凍りついた石畳があった。そこに映っているのは、アインとそして――。


「この剣が俺……」


 木製と思わしき茶色の鞘、柄に赤い宝石が埋め込まれた、率直に言えば地味な剣が確かに映っていた。長さは70センチくらいで、所謂ショートソードと呼ばれるものに似ていた。


「どこから見てるんでしょうか」


 不思議そうなアインの言葉は、ユウには届いてはいなかった。理解が現実に追いついていない。


「マジか……」


 つぶやき、息を吐こうとして愕然とする。口から息が抜ける感覚が感じられない。まるで口を閉じながら息を吐こうとしているような違和感しかない。深呼吸も試してみるが、やはり同じような結果だ。

 それにさっきから怒鳴っているのに、体は熱を感じていない。それなのに、アインに触れられているのは感知できる。


「ぐっ……」


 違和感に塗れた現状に認識力が悲鳴を上げている。例えようのない気持ち悪さがこみ上げてくる。いや、この感覚すら錯覚なのか?


「ユウさん……? どうしました?」


 遠くなるアインの声を聞きながら、ユウは意識を手放していた。

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