第14話 決闘、そして再会
校庭には、協会に居た全ての魔術師が詰めかけていた。魔術師同士のぶつかり合いという滅多に見られないイベントに、皆浮足立っている。
その人で作られた輪の中心に立つのはアインだけで、ゼグラスの姿は無い。一人野次馬の歓声を浴びる彼女に、ユウは喋りかける。
「……悪かったな、大事にしちまって」
「別にいいですよ。私も苛ついてましたし、あの場で殴りつけるはずっといい形です」
「……それは、まあ、いい……のか?」
決闘と大差ないような気もするが、双方の合意に基づくという意味ではこちらのがマシ、なのだろうか。
「それに、嬉しかったですから……それと、後で謝らせてください」
「謝るって、何を」
「ユウさんのことでです」
わからないな、とユウが呟くのと、正面の人垣が割れるのは同時だった。
奴が来た。彼は、思考を切り替えて正面を見やり、
「なっ……」
そして、絶句する。
「これは……」
現れたのはゼグラスではなかった。そこに居たのは、鎧だった。
鏡のように磨き上げられた白銀の騎士鎧が、金属がぶつかり合う音を立てながら近づいてくる。彼女の前に立った鎧は、ゆっくりとひさしに手をかけた。
「驚いたかい? これがレプリが研究中の新型のリビングメイルさ」
そのいけ好かない顔は、間違いなくゼグラスだ。
ユウは、彼が鎧を着て現れたことに戸惑い、アインは、
「リビングメイル……それが?」
リビングメイルを名乗りながら、それを着込んでいることに戸惑っていた。
リビングメイルは、自律動作するからこそ利点が生まれるのであり、それを纏っても何もメリットはないはず。では、一体あれは?
戸惑うアインに気を良くしたのか、ゼグラスは自ら鎧の正体を喋りあげる。
「リビングメイルは力が強いけど、単純な命令しか聞けない馬鹿だ。それじゃあ、幾ら強くても意味がない。じゃあ、それを頭の良い人間が纏って操ればどうなる?」
「なるほど……魔術師でも高い身体能力を発揮できる」
「そういうことさ! つまり! 無敵ってわけだね!」
要するにパワードスーツというわけか。
ユウは納得し、同時に浮かんだ不服をギャラリーが代弁する。
「汚くないか……?」
「そもそもあれって会長が作ったものじゃん」
「家が会長に出資してるからってずるいぞ!」
ギャラリーたちのヤジに、ゼグラスはゆっくりと右腕を上げ、そして振り下ろす。
ひゅんっと音がした次の瞬間、人垣の僅かな間を不可視の刃が通り抜け、地面が一直線に切り裂かれた。
言葉をなくすギャラリーを、ゼグラスはうるさいくらいの大声で笑いあげる。
『今のは……?』
『風で切り裂いたみたいです』
アインはこともなげに言うが、ユウは戦慄を隠せない。
人と人の間は僅かしかなかった。そこを通すように刃を飛ばすのは、決して簡単ではないはずだ。この男、口だけではない。
「これが無くても僕は強いんだよ! けどね、こいつは徹底的に叩きのめさないと気がすまないってだけさ!」
強い怒りを伴って指を突きつけるゼグラス。アインは、表情を変えず確認するように言う。
「魔術師が他人を指差すことの意味をわかっての行動ですか?」
「当然さ! それは呪いをもたらすということ! 宣戦布告というわけさ!」
「わかっているなら構いません。その傲慢、へし折ってあげます」
緊迫した空気が二人の間に満ちていき、それに押されるかのように人垣が離れていく。
人垣の動きが止まった瞬間、それを合図にして二人は動き出す。
「シュート!」
先に仕掛けたのはアインだ。右手に生み出した光球は、彗星のような軌跡を描きゼグラスに突き進む。
ウルフを一撃で打ち倒したそれを、ゼグラスは避けようとせず、胴体で受け止める。よろめいたものの、鎧に目立った傷はなかった。
「はははははは! 甘いよねえそんな魔術でこの鎧は砕けないよ!」
耳につく笑い声を上げながら、ゼグラスは右腕、左腕と連続で振り抜く。その度に放たれる風の刃を、アインはギリギリで躱していく。
「喰らいつけ、赤の牙!」
回避しながら放たれた炎の礫がゼグラスの右手に突き刺さる。だが、鎧は一瞬赤熱化すると蒸気を吐き出し、何事もなかったように銀色を取り戻す。
「無駄無駄。熱除けの魔術が掛けられているからね、そんな初歩魔術じゃなんともないよ」
「顕現せよ、土塊の戦士!」
アインが地面に投げつけた二つの小石は、稲光のような光を放つ。瞬間、小石を覆うように二つの人型が姿を現す。ゼグラスと同程度の体格の土の騎士は、ゼグラスから彼女を守るように立ち塞がった。
「今、落ちていた小石でゴーレムを……」
「嘘……ゴーレムって、宝石を使わないと造れないんじゃないの?」
「すげえ……銀色の死神は伊達じゃないな!」
「チッ……」
ギャラリーのどよめきに、ゼグラスは面白くないとばかりに地面を蹴る。が、すぐに冷静さを取り繕い、嫌味っぽい声で言う。
「まあ、ただの小石からゴーレムを造る腕は認めてやるよ。たぶん、ラピスにだって出来ないだろうね」
けどね。そう言ってゼグラスは、アインに向かって突進する。鎧を着ているとは思えない――むしろ、身軽な時よりも素早いだろう速度で彼女に迫る。
「それで勝てるかは別問題なんだよ!」
「ゴーレム、ぶつかって」
命令を受けた2騎のゴーレムは、迫るゼグラスに愚直に突っ込んでいく。三者が激突する瞬間をギャラリーとユウは固唾を呑んで見守り、そしてその瞬間が訪れる。
「うわっ!」
誰かが悲鳴じみた声をあげた。
銀色の腕が、ゴーレムの胴体を貫いていた。核を抉り取られた1騎は土に還り、もう1騎は手刀の一振りで袈裟斬りにされ、ずるりと上半身が滑り落ちた。
「どうだ? 勝ち目が無いってことはわかっただろう?」
ゼグラスは余裕からか、一歩も動こうとせずアインの行動を待っていた。実際、ここまでの攻撃は全て防がれている。焦るのは、アインのはずなのだ。
「……ふぅん」
しかし、彼女はつまらなそうに息を吐くだけで焦りなどおくびにも出さない。その態度は、ゼグラスの感情を逆撫でする。
「なに余裕ぶってるんだよ! 追い詰められているのがわからないのか!? お前の先は崖っぷちなんだ!」
「なるほど、貴方は一歩先を行っているだけのことはありますね」
「はっ、当然――」
彼女の言葉の意味を理解したゼグラスは、ぷるぷると体を震わせる。そして、怒りのままに叫びを上げる。
「バラバラにしてやるよ! 存分に後悔しろ!」
ゼグラスは、両腕を大きく広げる構えを取る。その瞬間、両腕を軸とし風が渦巻いていくのがユウでもわかった。渦巻く暴風は、まるで腕に纏った台風だ。喰らえば、奴の言うとおりバラバラになることは免れない。
「世界を奔る風よ! 愚かなる者を切り裂く風よ! 廻れ、廻せ!」
さらに猛威を増す風に危険を感じたギャラリーが、早足でその場から離れていく。吸い込まれた枯葉が、一瞬で刻まれ飲み込まれていく。
しかし、それでもアインは焦りを浮かべない。じっと正面を見据えたままだ。
だから、ユウも焦らなかった。彼女が出来ると言うのなら、それは簡単に出来ることなのだ。
無言の信頼に、アインは僅かに口角を上げ、そして呼びかける。
「地を抉れ、土竜」
片足を地面に振り下ろした瞬間、
「なあああああ!? 何を、なんだ!?」
突如ゼグラスの足元が消失し、生まれた穴に落ちていく。
魔術のコントロールを乱されたことで腕に纏った風は霧散していく。危うく全身が落ちるところだったが、両腕で支えることでそれを防いでいた。
「ユウさん、お願いします」
「うん?……ああ、わかった」
アインは、ゆっくりと穴にハマったゼグラスに向かって歩いて行く。その最中、ユウは彼女に言われた通り大声で授業を続ける。
「魔術の詠唱は、腕を振る、手を突きつけるなどの動作も含まれます。つまり、その動作を封じることで魔術自体を封じたり、半減させることが出来ます」
「この、くそっ!」
片腕で放たれた刃を危なげなくアインは躱していく。狙いも威力も先程とは比べ物にならないほど低下していた。
ゼグラスは両腕を使って体を引き抜こうとするが、アインは足で地面を鳴らすと、
「戒めよ、地の楔」
生まれた土の楔に腕を固められ、それも叶わない。
「それを防ぐには、イメージしやすい手だけでなく、足などでも魔術を使えるようにすべきです」
三度、アインは足を振り下ろす。虚空から生まれた水が、ゼグラスに降り注ぎ穴を水で満たしていく。
「はっ! これで勝ったつもりかよ! 動けないのは今だけだ! 電撃だってこの鎧は通さない! 無敵なんだよ!」
「貴方は、一つ正しいことを言っていましたね」
「ああ!? 何を言って――」
アインは、地面に落ちていた小石に『氷結』を意味する文字を、魔力を込め刻んでいく。
そして、その小石を穴に向かって放る。
「強いことと勝つことは別の問題。まったくその通りです」
小石は、水面に波紋を立てゆっくりと沈んでいく。そして、それは瞬く間に水温を下げ、氷点下まで一気に達する。
「なっ、あああああああああ!? つめっ、冷たい! 痛い! 痛いぃいいい!」
悲痛な叫びをあげるゼグラスに、ユウは思わず耳を塞ぎたくなり、アインは冷たい表情でそれを見下ろしていた。
「幾ら鎧を纏おうと液体を防ぐことは出来ない。それに気がついていれば、こんなことにはなっていなかったでしょう」
「このっ! ふざけ、な! 僕が! こんな……負け、かたを!」
「負けを認めてください。勝負はつきました」
「があああああああああ! こんな! こんな! 認められ、るかあ!」
ゼグラスは、怒りと体温を奪い続ける抱擁にパニックになっているのか、魔術を使うことも出来ずただ喚き続ける。
なら仕方ありません、とアインは溜息をついて右手を突きつける。
「負けを認めないのなら、口まで水で覆いましょう。死ぬまでには引き上げるので、安心してください」
「なっ……!」
彼女は冷淡に言い放ち、告別のための右手を振り上げる。ゼグラスは、絶望の表情でそれを見上げていた。
やりすぎだ、とユウが止めようとした時、
「そこまでにしておきなさい、アイン」
呼び止めた声は、凛とした涼やかではっきりとした声だった。
それを聞いた途端にアインは、跳ね上がるように背筋を伸ばす。ゆっくりと、肩を丸めながら本当にゆっくりと声の主に向かって振り返る。
そして、絞り出すようにその名を呼ぶ。
「ラピ、ス……」
「ああ、ちゃんと覚えてた? 久しぶりね」
そう言って赤い髪の少女は、親しげに微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます