第12話 教えて、アイン先生
『その、本当にいいのか』
『……正直既に後悔しています』
アインは、イッサの後を居心地悪そうに付いていく。見慣れない格好の彼女に、すれ違う学生の中には振り返るものもいた。余計に彼女は小さくなっていく。
『じゃあ、なんで引き受けたんだ? あんなに乗り気じゃなかったのに』
『……それは、その、極個人的な事情故なので、秘密、です』
『秘密、ねえ』
もにょもにょと煮え切らない返答のアイン。気になるところだが、今は他にすべきことがある。
教室に辿り着く前に、ユウは確認を行う。
『授業内容は魔術の成り立ちと原理。これは主にイッサが担当する。アインの出番は魔術実践。これでいいな?』
『はい。打ち合わせ通り、イッサさんが振ってきた時だけ私――というかユウさんが答える。私が教えた通りに喋れば大丈夫です』
『よし、とにかく冷静にいこう。堂々としていれば、向こうもそういう人だと思ってくれるさ』
『そういう人……ですか。これ以上変な噂が出るのは避けたいですけどね……』
話している内に教室前にたどり着く。アインは、フードを被り直すと大きく深呼吸する。そして、イッサに向かって小さく頷いてみせる。
イッサは、教室のドアを開け入室する。アインも、やや遅れてそれに続く。
教室の広さは小さな会議室くらいで、そこに四角く並べられた机に10人ほどの学生がノートを広げていた。下は15歳くらいの少女、上は50代と思わしき男性と幅広い年代だ。
彼らはイッサの姿を認めると、談笑をやめて姿勢を正す。そして、その後に続くアインに首を傾げた。
「イッサ先生、その方は?」
一人の学生が手を挙げて質問する。それに、教壇に立ったイッサは悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。
「ああ、この方はな。あのアイン=ナットさんだ。今日は特別講師として参加してもらう。聞きたいことがあれば何でも聞いてくれ」
アインの名前を聞いた途端、学生たちの大半がざわつく。本物? もっと怖そうかと思ってた。などと好き勝手に言う声が聞こえてきた。
ユウは、アインに気にするなと言おうとして、
「…………」
緊張のあまり何も見えていないことに気がつく。気がついてないなら、わざわざ教える必要もないか。
「はいはい落ち着けお前たち。なんでも聞いてくれと言ったが個人的なことは後にしろ」
じゃあ、早速始めるぞ。イッサはそう言って黒板に向かって書き進んでいく。
「まず、魔術が誕生したのは今から約1700年前。これは誰でも知ってるな。では、誕生の経緯は?」
イッサに指名された学生が立ち上がり答える。
「『魔法』と呼ばれる魔術に近いモノを扱う存在――『魔法使い』が魔法を誰でも扱えるように定型化したものが始まりです」
「その通り。魔法は後天的に身につけることが出来なかった。限られた天才にしか扱えなかったものを、テンプレを作り上げることで型にはめた。つまり才能を技術まで落とし込んだわけだ」
魔術は、才能を技術にしたもの。いつのかのアインが言っていたことと同じだ。
だが、彼女はこうも言っていたはずだ。ユウが思い出したそれを、学生が言葉にする。
「しかし、現実には誰でも出来るわけではありません。むしろ出来ない人のほうが多い」
「そうだな……。だから、正確には『眠っている才能を呼び起こす方法を作った』というのが正しいのかもしれない。しかし、始めは基礎すらままならなかった魔術師が、果てには大魔術を作り上げた実例もある。やってみなければわからない、というのはちと残酷だがな」
さて、次は魔術の原理だ。イッサは再び黒板に振り返る。
「魔術は、人や動物――生き物ならどんなものでも体内に持つエネルギーである『魔力』。これは未だにわからないことが多いんだが、とりあえず体力や気力と同じく『所有量には個人差がある』『使えば消耗する』ということと覚えてくれ」
「目には見えないんですか?」
「生き物が自然に放出する魔力は薄く知覚することは出来ない。だが、逆に言えば濃い魔力なら形として現れる。それと、大事なことだが、基本的に他人の魔力は毒となる。だから分け与えてもらうことは出来ないし、濃すぎる魔力を浴びれば体に影響も出る」
「魔物もそのせいで生まれたんでしょうか」
「全てとは言えないが、例えばワイバーンなんかは蜥蜴が変異したものだと思われる。それが世代を重ねることで今のような姿になった……らしいが、これもまだまだ研究中だ」
「なるほど……」
魔術を教える場とは言え、やることは普通の学校と変わらないのだな、とユウは思った。真剣に聞いているものもいれば、早くも船を漕いでいるものもいる風景に懐かしさを覚える。
彼がしばし郷愁に浸っていると、イッサはアインに視線を向ける。
「では、ここからはアイン殿に説明してもらおう」
唐突な振りに、アインは背筋を震わせ、漏れかけた声を慌てて手で塞ぐ。話が違うと目で抗議するが、フードに隠れた視線にイッサは気が付かない。
「おおっと、退屈かもしれないが居眠りは困りますな」
それを欠伸と思ったのか、冗談っぽく言うイッサに何人かが笑い声を上げる。余裕がないアインは、ぎくしゃくとした動きで教壇に立った。
教壇には、全ての学生が自分に視線を向けている。それを意識した途端に、頭の奥が痺れ真っ白になる。喉は枯れ、鼓動は早鐘のようにうるさい。意識しなければ手の感覚すら危うい。
喋ろうにも言葉が出ない。私には、どうしようも――。
『落ち着け。顔が見れないなら思いっきり視線を下げろ。フードでバレやしない』
『ユウさん……』
『役目は果たす。だから安心しろ』
耳ではなく、心に届く声に平静が取り戻される。
そうだった、私には出来なくても彼なら出来る。彼と同じように、自分ができることをすればいい。
小さく息を整えたアインは説明を伝え始め、ユウはそれを言葉にしていく。時間を稼ぐため、出来るだけゆっくりともったいぶるように。
「……星は火を生み、水を流し、風を吹かせ、大地を作る膨大な力があります。その力を魔力と引き換えに発現させるのが魔術であり、そのためには、星に対する呼びかけ――つまり詠唱が必要です」
アインは、無言のまま右手を突き出す。すると、その掌に青白い光球が現れ、学生が興奮した声をあげる。
「魔力で明かりを作る、魔力の塊を放つと言った単純な魔術であれば、詠唱は無用か簡単なものですみます。しかし、複雑な魔術になるほど詠唱は長く複雑なものになります」
ふっと手を払うと、光球は何もなかったように宙に溶ける。
「詠唱を真似すれば、そのまま使えないのですか?」
「いいえ、使えません。星に対する呼びかけの言葉は、ただの言葉ではありません。自己のイメージを言葉で表し、どのように魔力を循環させるかを体得することで初めて魔術が使えます。だから、同じ火球を生み出す魔術でも、人によって詠唱は異なります」
「では、私達が教えられる詠唱は無意味なのでは?」
「ええと……」
アインは、矢継ぎ早に飛んでくる質問に回答を必死で伝える。ユウもそれに答えるが、学生の質問を聞きながらアインの説明を聞くのは骨が折れる。
『ええと、無意味ではありません。無いよりはマシです』
そして、慌て始めたのか雑になりつつある回答をそれらしくするにも神経を使わねばならない。
「……そう思われがちですが、そうではありません。まったくのゼロから型を作るよりも、まずは型にはまるところから始めるのが一番の近道です。型破りはいいですが、型知らずは駄目ということですね」
「なるほど……参考になります」
尊敬した目を向ける学生から、思わず目を逸らしたくなるユウ。適当なことを言ってしまっているが、いいのだろうか。
彼が悩む間にも、次の学生が挙手は止まない。二人は、とにかくそれに答え続ける。
「アインさんはいつから魔術が使えたのですか?」
「私は、物心ついた頃には簡単な魔術であれば使えました」
「凄い!
「魔術は火水土風の4元素がありますが、一人が全ての元素を扱うことが出来るのですか?」
「人によって得意不得意があり、基本は一つか二つです。全て扱える魔術師は極稀です」
「では、アインさんは全て扱えるというのは本当ですか!?」
「……まあ、本当です」
おお、とどよめきと共に向けられる羨望の眼差しにアインは居心地悪そうに、深くフードを被る。
ユウは、その反応に違和感を覚える。彼女は、魔術が使えることやそれを認められることを誇らしく思っていたはずだが、今は喝采から逃げるような態度を取っていた。
多人数から褒められるのは慣れていないんだろうか。後で訊いてみようと考えた時、
「僕も質問」
教室後方のドアからの声に教室が静まり返る。ドアから現れた男は、学生たちの視線も意に還さず堂々と教卓の前まで進んでいく。
そして、品定めするような不躾な視線をアインに送ると、
「おたく、本当に強いの?」
嘲りを隠すこと無く、軽薄な笑いを浮かべながら男は言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます