第151話 決意する少女と憂う少女

「オラ、次の土が来たぞ! さっさと運べ!」

「おう、すぐ行く!」

「水晶は加工場だ! 曇っていても使えるから落とすなよ!」


 威勢のいい男たちの声が響いているのは、街から少し離れたところにある水晶鉱山だった。土砂を満載した猫車を押す男が入り口から出ていき、入れ替わりに空の猫車を押す男が入っていく。


「デカイ塊がまとまってあったぞ! ありゃあボーナスもんだな!」


 単純だが重労働なそれを、彼らは苦にした様子も無く嬉々としてこなしている。それは、目標が明確であり結果が報われると信じているからだ。だから、困難を困難と感じず挑むことが出来るのだろう。


「どうしましょうか……」


 そんな光景を眺めるアインは、切り株の椅子に頬杖をついて嘆息する。水晶を前にしても、曇った顔は晴れることはなかった。

 その原因は、先程出された提案だ。


「やっぱり、エターナの個人講師は気が進まないか?」


 ユウの言葉に、アインは力なく頷いた。

 

「正直、学生の講師も務まるか不安なのに彼女の講師まで出来るとは思えません。私にはまったくわからない――本人もわからない治療魔術を扱う授かりし者ギフテッドの指導なんて出来るんでしょうか」

「まあ、そうだな。ある意味天才に教えないといけないっていうんだから、気が引けるのはわかる」

「ですよね……うう、ラピスが手伝ってくれるならまだしも、一人で頑張りなさいって言うし……」


 その時を思い出したのか、もう一度嘆息するアイン。大雑把な自分よりもラピスの方が講師に向いていると言ったのだが、彼女の答えは、


『無理ね。私は、あまり出来た人間じゃないから』


 というものだった。鈍い自分でもその意図がわかる以上、無理強いは出来なかった。


「また嫉妬して問い詰める真似はしたくない、ってことだろうな。俺にはよくわからないけど、桁外れの魔術なんだろ?」

「それは……わかってるつもりです。ラピスは、魔術師であることに誇りがありますし、向上心もある。だからこそ、魔法じみた魔術を事も無げに扱う相手を前にして冷静ではいられない。それはわかっています……」


 けど、それはそれです。力無く呟いたアインは、答えを求めてるように空を仰ぐ。当然だが、そこには答えも賢人もなく、漂う雲があるだけだった。

 結局、答えは己の中にしか無いのだ。そして、悩むということは答えが既にあり、向き合うべき心が定まっていないということでもある。


「やるべき、とは思っているんだろ?」

「……そりゃあ、理屈で言うならそうですよ。私達は評価が上がるし、エターナさんも喜ぶ、リーベさんも喜ぶ。皆幸せです」

「じゃあ、感情ではどうだ? どうしてエターナの力になりたいと思ったんだ?」

「……上手く言えませんが、こう、自分と似たものを感じたというか……笑ってませんか?」

「ないよ。しかし、アインと似たものね……」


 声が震えるのを抑えるユウを、アインは疑わしそうに見ていたが、突っ込むことはしなかった。


 二人の共通点でパッと浮かんだのは、どちらも犬っぽいということだった。万人に愛想を振りまくエターナと、懐いた相手以外には唸って警戒するアインではタイプが違うが。

 しかし、その発想は当たらずとも遠からず。そんな感覚があった。


 そこに一本の影が差し、アインは顔を上げる。立っていたのは、心配そうな顔をしたエターナだった。


「アインさん、大丈夫ですか? その、やっぱり余計なことを頼んでしまいましたか?」

「そういうわけでは……私の容量キャパシティの問題です」

「……出来れば、私からもお願いしたいです。仮にも学生代表が未熟では、面目が立ちません」


 その言葉は、少し意外だった。『迷惑なら構わない』と引き下がると思っていたのに、その逆だったからだ。彼女は、強い意志を持ってアインを見つめている。

 そこでふと、ユウは疑問に思う。どうして彼女は魔術を学ぶのだろう。特異な才能があったとしても、富豪の娘なら選択肢は他にもあるはずだ。その上で何故、彼女は魔術師を選んだのか。


 同じく疑問だったのか、アインが代弁する。


「エターナさんは、どうして魔術を学ぼうと思ったのですか?」

「私、ですか? そうですね……半分はお父様とお母様のためです。父が出資した協会で、その娘が魔術を学び成果を上げる。それは、家のため、引いては街全体のためとなります」

「もう半分は?」

「もう半分は……えっと、隣、座ってもいい? 長くなるかもしれないから」

「あ、はい。どうぞ」


 ありがと、と敬語からフランクな口調となったエターナは、アインがずれた分のスペースに腰を下ろす。背中が触れ合う距離の彼女は、しばらく黙っていたが、不意に口を開く。


「もう半分は、リーベ……お姉ちゃんのため、かな」

「リーベさん、ですか?」

「うん。お姉ちゃんって、厳しいけど私に期待してくれてるんだ。『貴方の才能は、絶対に埋もれさせない』って、自分の時間を割いてまで魔術について教えてくれた。けど、私は全然成果を出せなくて……未だに明かりだって上手く作れない」


 片膝を抱えたエターナは続ける。


「けど、それでもお姉ちゃんは私を信じてくれる。必ず花を咲かせることが出来るって。だから、私はその期待に答えたい。自慢の妹って誇ってもらえて、私自身も誇れるようになりたい。それが、理由かな」

「……誇りたい」

「うん。まぁ、今はお姉ちゃんって呼ぶと怒られるんだけどね」


 寂しげに笑うエターナの横顔に、アインは頭によぎる感覚があった。


 自分もラピスに認められたかった。それなのに、弱い自分は彼女の期待が怖くて逃げ出してしまった。またとないチャンスだったというのに。


 けど、ユウの助けがあってここまで来ることが出来た。一人では歩けなかった道を、彼が支えてくれた。

 そして、エターナも同じく憧れの人の期待に応えようとしている。だったら、今度は自分が誰かを支える番だ。彼がしてくれたように、今度は自分が――。


「……エターナさん。個人講師の件ですが」


 アインは、そこで言葉を切って息を吸う。汗ばむ手を握りしめ、不安げに見やるエターナと目を合わせて告げる。


「……引き受けさせてもらいます。大した力にはなれないかもしれませんが、努力します」

「本当……!? アインさん、ありがとう!」

「上手く出来る自信は正直ないですが……」

「ううん、私だってそうだよ。だからこそ、二人で頑張ろっ」


 アインの不安を吹き飛ばすように、エターナは明るい笑顔で言って右手を差し出す。

 その前向きさは羨ましかったが、ならばそうなれるよう頑張ろうと思い直し、アインはしっかりと握ってそれに答えた。


「おーい、やる気は出たかの」


 そこにツバキ達がやってくる。アインは頷き立ち上がると、エターナの個人講師を引き受けた旨を伝える。

 ラピスは少し意外そうな表情をするが、


「そう、頑張りなさい。どちらにもいい勉強になると思うわ」

「変な癖がつくかもしれんが……やるだけやってみれば良かろう」

「はいっ」


 ラピスとツバキの後押しを受け、アインは改めて決意を滾らせる。

 今度は自分が導くのだと、何時になく前向きな彼女にユウも喜ばずにはいられない。本当に成長したと感慨深く思っていると、


「……」


 一人目を伏せるリーベに気がつく。個人講師を提案された時もそうだったが、なにか思うところがあるようだった。


「アインさん、エターナをよろしくおねがいしますわ」


 彼女は、それだけ言うと背を向けて去ろうとする。後を追いかけようとするエターナに、


「貴方は、アインさん達と協会へ戻って講義の準備を手伝いなさい。私は、もう少しここの様子を見てるから」


 そう告げて、返事も待たずに協会と反対の方へ向かっていく。エターナは、その背中をしゅんとした様子で見送っていたが、


「お互いにやることがあるってことよ。私達は私達のすべきことをしましょう」

「……はい、ラピスさんの言うとおりですね。うん、そうとなれば急いで戻りましょうか!」

「いや、急ぐ必要はないのでは……」


 拳を天に突き上げ、やる気を見せる。走って戻ろうとする彼女をアインが宥めている間、ラピスは視線を感じ振り返った。


「……」


 立ち止まったリーベは、胸元のペンダントを握りしめこちらを見つめていた。彼女は、ラピスの視線に気がつくと気まずそうに背を向け離れていった。

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