第70話 作戦会議

それぞれに情報を集めた3人は、再び宿の食堂に集合していた。収集した情報を繋ぎ合わせて今日に至るまでの流れを確認する。


「エドガーは船乗りの父の元で学んでいたが、事故により父を亡くしギルド所属の親方の下に就くことになった。しかし、父の死を侮辱したことに対して怒り、親方を半殺しに。その罪を問われてギルドから追放される」

「その後『漂流者』を保護。『漂流者』は所持していた水上バイクなるものを魔術協会に売却。その模造品を性能試験として預けられ、それを利用した運送組織『レコードブレイカー』を立ち上げる。ここまでが2年前の出来事ね」

「レコードブレイカーを立ち上げた理由は、スライダーオブスライダーに出場しギルドの名を貶めるため……。こんなところかの」

「恨むには、まあ順当な理由だな」


 そっちは、とツバキに訊ねるラピス。彼女はやれやれというように首を振る。


「大した話は無かったぞ。『ギルドを守るためにしたこと、ただそれだけだ』じゃと。エドガーが乾いているなら、あやつは凍りついておる」

「ふむ……」

「じゃが、我がいなくなってから『そうだ……それ以外に……何の理由がある』とか言っておったの。何故レースで勝負するのか、と問うたことへの呟きじゃろうが」

「意味深ですね……。あれ、どうして部屋にいなかったのに聞いてるんですか?」

「耳が良いんじゃよ」


 フードに隠れた狐耳を指差すツバキ。アインは感心したような顔をしていたが、真実を知っているユウは白い目を送っていた。どうせ盗聴用の魔術を使ったのだろう。


「どちらにせよ、悪徳ギルドに報復を誓った男……なんて単純な話では無さそうね」


 テーブルを指先で突きながらラピスは言う。  


「そうですね……まだ見えてない部分は多そうです」

「さて、これからどうしようかの。両者ともレースで決闘、というのは譲る気は無さそうじゃ」

「どっちが勝っても、恐らく俺たちが望む展開にはならないだろうな」


 エドガーが勝てば報復は果たされるが、彼の炎が消えるというのは血を流しきることと同義だ。そうなれば彼は枯れ木のようにただ存在するだけのモノになるだろう。

 しかし、アルベールが勝てばエドガー達は町を追われることになるかもしれない。実力が劣ると大衆に見せつければ、その大義名分も出来上がる。

 それを避けるためには、レース出場を取りやめてもらうしか無いが、


「言って聞くような相手ではないじゃろな」

「でしょうね。そうだったら、そもそもこんなことにはなってないだろうし」

「かと言って、力づくじゃ意味がない。それじゃ彼らは納得するわけがない」

「しかし、他に方法があるかのう」


 3人が頭を悩ましていると、腕を組んでいたアインがあっ、と声をあげる。


「どうしたアイン?」

「どちらか一方が勝つから問題なんですよね?」

「……? まあ、そうだな」


 今更何を言うのか。怪訝に思うユウとツバキだったが、ラピスだけは微妙な――やればできる子なんだけどねと言うような顔をしていた。

 何か思いついたらしい彼女は、自信ありげに指を立てて言う。


「だったら、両方負かせばいいんですよ」


 ふふん、という擬音が聞こえそうなドヤ顔だったが、ツバキはラピスと同じ微妙な顔になり、ユウも顔があればそうなっていただろう。

 ユウは、頭痛のような感覚を覚えながらアインに訊ねる。


「……負かすって、誰が」

「私たちがです」

「……それは、闇討ちとか毒とか離間工作などの策略謀略を駆使してか?」

「そんなわけないじゃないですか、正々堂々に決まってます」

「……お前、船を操縦したことはあるのか」

「触ったこともありません」

「…………それでどうやって勝つんだ」

「それはユウさんが考えてください」


 清々しいまでに他人任せの作戦を提案するアインに、ユウは溜息を隠そうともしない。

 彼女は馬鹿ではないのだが、時々抜けた発言をすることがある。いつもだったら『仕方ないな』で流せるのだが、真面目な話をしている時は勘弁してもらいたい。

 ツバキもそれで集中が切れたのか、怠そうに机に突っ伏していた。ユウも立てかけれた椅子からずり落ちそうな気分だった。

 ラピスはと言うと、


「……」


 微妙な顔から一転、真剣な表情で何か考え込んでいた。そして、ぽつりと呟く。


「悪くない、かもしれないわ」


 思わず無い耳を疑ってしまうその発言に、ユウは困惑した声で言う。


「マジか、マジで言ってんのか? 船を触ったこともないやつが、船舶ギルドの長とその有望株だった男に勝とうって言うんだぞ?」

「けど、上手くいけばおそらく最高の結果になるわ。彼らは自身の操縦技術に自信を持っているからこそ、レース勝負を受けて立ったはず。なら、負かしてやれば間違いなく言うことを聞いてくれるわ」


 それは、否定できない。ユウは黙り込む。

 旅人に負けたとなれば、ギルドはレコードブレイカーを追放する口実を失う。

 エドガーもギルド以外に負けたのなら、次の機会を待つために炎を灯し続けられるかもしれない。


「ギルドの地位を貶め、エドガーを枯らすだけに終わるかもしれないけど……逆に協力させる契機に出来るかもしれない。『旅人程度に負けたのは、アメンボ同士で食い合っているからだ』って」

「じゃが、上手くいけばの話じゃろ。そう言うからには勝算があるのじゃな」


 突っ伏したまま言うツバキの言葉に、ラピスは頷く。


「まず、船は問題ない。事情を話せばマシーナが掟破りを貸してくれるはず。動かすだけならモヒカンでも3日で出来るくらい操縦は簡単と言っていたわ。祭りまで2週間はあるし、いける」

「動かせるようになったとしても、勝負はレース――スピード勝負だ。付け焼き刃で勝てる相手じゃない」


 わかってる。そう言ってラピスは時計の文字盤を指差し、時計回りに指を動かしながら続ける。


「レースは12時の地点からスタート。12時から4時までは何もない水路を、4時から8時までは障害物が置かれた水路を、8時から12時まではロープで区切られた水路を進み、最後は12時から中心の橋まで一直線に目指し、親書を受取人に届けたものが勝者よ」

「親書?」

「このレースの由来は、危機に陥ったヴァッサの街が素早く届けられた親書によって救われたってことに由来しているの。その再現ってわけね」

「なるほど」


 話を戻すわね、とラピス。


「問題は、8時から12時までのロープ地帯ね。ロープでジグザグに区切られた水路を進まないといけないけど、それには高い技術が必要よ。速度は何とか出来ても、そっちはユウの言うとおり付け焼き刃じゃどうにもならない」

「逆に言えば、そこをなんとか出来れば希望があるってことか」

「そうね。けど、そこまでは思いつかないわ。貴方が思いついてくれると助かるんだけど」


 肩をすくめて言うラピス。そう言われても困るんだけどな、とユウは返す。

 とは言え、アインの暴論じみた提案から現実味を帯び始めたことに違いはない。足が沈む前に次の足を出せば水面を走れる、という与太話程度の現実味だが――。


「……ラピス、レースのルールはどんなものなんだ?」

「んっ? そうね。概ね想像がつくと思うけど、直接的な妨害は禁止――魔術や武器を使って他者を攻撃してはいけないってことね。次に水路から外に出ること。親書を渡す時のみ水路から出ることを認められる」

「他には……例えば、船から降りてはいけないとかは無いのか?」

「船から? そういうルールは無いわね。例え船が沈んで泳いだとしても、一番最初に届けたなら勝利は認められるわ。これは公式に宣言されているルールよ」


 冗談みたいなものだとけどね、と付け加えるラピスの言葉を、ユウは最後まで聞いていなかった。記憶を探り、思考を巡らし、それが実現可能なのかを検証していく。

 自分がこれまで見てきた魔術。エリオと対峙したときのアイン。そして――。


「ユウさん? どうしました?」


 自分を見やる銀髪の少女が成し得てきたことを思い起こしたユウは結論付ける。


「レースに勝てるかも――いや、勝てる。間違いなく」


 それまで懐疑的だったユウのはっきりとした宣言に、突っ伏していたツバキも顔を上げる。アインは目を見開き、ラピスは神妙な顔で続きを促す。


「聞かせて。言い忘れたけど、風魔術で空を飛ぶのはルール違反よ。長時間水面から離れることは認められない」

「大丈夫だ。――――だけだからな」

「……えっ?」

「……なんですって」

「く、くくっ……」


 なんてこと無く言い放たれたユウのアイディアに、アインは絶句し、ラピスは目を丸くし、ツバキは肩を震わせていた。


「今から操縦をマスターするよりもずっと簡単なはずだ。出来るよな、アイン」


 我ながら中々無茶なアイディアだとは想うが――しかし、無理ではない。


「え、ええ……石はありますし出来る、と思います……」


 困惑しながらも、アインはユウの言葉を肯定する。

 ならば、必ず出来る。これまでの旅がそれを裏付けている。彼女が出来ると言ったなら、それは必ず出来ることなのだ。


「く、くくっ……くはははははは! いい、いいぞ! 我は気に入った! 度肝を抜けそうなのが特に良い!」


 耐えきれなくなったツバキは、腹を抱えて笑い転げる。心底から愉快だと床を転がる彼女に注目が集まるが、そんなことを気にすること無く笑い続けていた。

 それがスイッチになったのか、アインとラピスも固まった表情を崩し小さく笑う。


「はい、そうですね……間違いなく度肝は抜けますね……ふふっ」

「ええ、そうね。馬鹿みたいだけど……まともにやるよりは可能性があるわね。けど、よくそんなこと思いついたわね」


 感心したように言うラピスにユウは答える。呆れたように、けれど何処か誇らしげに。


「そんな馬鹿みたいなことをやってきた奴がいるからな」

「……ああ」

「なるほどのう……」


 納得したように頷くラピスとツバキ。


「な、なんで私を見るんですか?」


 視線を向けられたアインは、狼狽えたように3人を順に見やった。

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