第161話 選んで進む道

「どうします?」


 そう訊ねたのは、閉められたドアを眺めるアインだった。

 エターナとリーベとの間にしこりがあり、それが解消されたというのは彼女にもわかる。だが、邪魔しないために部屋を出たはいいが、今後について話し合う必要があるというのも事実だった。


 このまま帰るのもどうかと言ったところで、ドアノブが下がる音ともにドアが開かれる。隙間から顔を覗かせたエターナは、アインらを見渡して遠慮がちに告げた。


「ええと、皆さん。こっちの話は済んだので怨霊の対策について話し合いましょうとお姉ちゃんが……」

「エターナさん、大丈夫……ですか?」


 訊ねられたエターナは、苦笑して答える。


「ちょっと我を忘れてしまいましたけど……はい、大丈夫です。お互いに言いたいことを言って、すっきりしましたから」

「リーベさんは……」


 アインが口を開いたのとほぼ同時に、


「エターナ! 世間話は後にしなさい! さっさと対策を練る必要があるのですから!」


 部屋から響く怒鳴り声にアインは驚き、エターナは、


「はぁい、わかってるってば」


 振り返って答えると、アインに向かって笑ってみせる。とりあえず気落ちした様子のないリーベに安心した3人は、彼女が待つ室内へ足を踏み入れた。

 そこで姿勢良く椅子に座っていたリーベは、組んでいた腕を解くと睨むようにラピスを見やり、


「先程は……その……あ、ありがとうございましたわ……確かに私には素直さが足りなかったと……」


 真っ赤な顔で感謝の言葉を述べる。段々と小声になっていくが、目を逸らしたり俯かないのはせめてもの意地だろうか。

 そんなところも『らしい』と、ラピスは自然と笑っていた。その反応にリーベは思うところがあるようだったが、鼻を鳴らすだけに留めた。


「では、早速始めるとするかの。準備は良いか?」


 微笑ましげにエターナとリーベを眺めていたツバキも、表情を引き締めると席についた面々を見渡して言う。全員が頷いたところで、彼女は口火を切った。


「鉱山の怨霊が水晶に執着しているのは、ほぼ間違いない。ならば、その水晶を破壊すれば執着対象を失った怨霊は消える……と思われるが、問題が二つある」

「一つは?」

「そのまま消え去ってくれるかは、若干怪しいところがある。執着物が無くなったことで余計に暴走するかもしれぬ」

「自棄を起こすってわけね。じゃあ、もう一つは?」

「それはじゃな……」


 何時になく真剣な表情で言葉を切るツバキに、アインらも口を噤んで続きを待つ。その中で一人――ユウだけは、黙すること無く声を借りて予想を口にしていた。


「水晶が勿体無い、か?」


 一瞬の静寂を破ったアインの声に、周囲のみならず本人までも驚いていた。まさか、とリーベがツバキへと視線を向ける。そんな理由では無いだろうという目だったが、


「なんじゃ、勿体振ろうと思うていたのに」


 ツバキが唇を尖らせて言ったのは事実上の肯定だった。それにはエターナは困ったように苦笑し、ラピスは呆れたように溜息をついていた。

 頭を抱えたリーベは、じとっとした目を向けながら言う。


「そんな理由で……もっと合理的に考えてくださらない?」

「合理的に考えればむしろそうなるじゃろ。考えてもみよ、そこまで執着する水晶ともなれば、さぞや価値ある品に違いない。鉱山に巣食う怨霊を退治し、戦利品として宝を持ち帰る。実にウケる筋書きではないか」

「それは、そうかもしれませんが。だとしても、怨霊が憑いていた水晶なんて危険ではなくて?」

「霊からすれば、水晶は住みやすく抜けやすいものじゃよ。完全に祓ってやれば問題はない」

「けど、祓うと言ってもどんなふうに?」

「基本は火で焼くか、水で流すかじゃな。物理攻撃に強い霊体だとしても、魔力による干渉からは逃げられない。幸いどちらも得意なものがちょうどおる」


 ラピスとリーベを見やるツバキ。他には無いのかとエターナが問うと、


「後は……説得じゃな」

「説得?」

「亡霊や怨霊というのは、自分が死んだことに気がついていない、もしくはそれから目を背けようとしていることが多いんじゃ。故に、生前大切だったものに執着したり、無意識に生者を羨み攻撃したりする。説得というのは、それを認めさせて穏やかに逝かせてやろうということじゃな」

「平和的で良いですね。それは出来ないんですか?」

「亡霊や怨霊相手の説得は、ただ叫んでやれば良いというものではない。その上鍛錬は元より気質も問われる。死人と言葉を交わそうと言うのだから、相手を受け入れる優しさと死に引っ張られない強さが無ければ仲間にされかねん。そういう点では……まあ、見ればわかるじゃろ」


 エターナは周囲の面子をぐるりと見渡し、しばし考えると大きく頷く。強さはともかく、優しさというには偏っていたりひねくれている者しかいなかった。


「エターナ、後でちょっといいかしら?」

「もう少し話し合う必要があるようですわね?」

「じょ、冗談だってば! 優しいと思ってるよ本当です!」


 笑顔で迫る二人に慌てて弁明するエターナ。ツバキはからかうように言う。


「怨霊を説得しようと言うなら、己の意思を叩きつけるだけの強さが要るぞ。その二人を説き伏せられぬようでは、御主には無理じゃな」

「誰にも出来ないよそんなこと……ああ、ごめんなさいってばぁ」


 ラピスとリーベを説き伏せる言葉など思いつかないエターナは、必死に謝ることで怒りを鎮めようとしていた。

 確かにこんな手は怨霊相手には通じないだろうと、アインは思う。無論、自分にも言葉による説得は出来ないだろう。どう考えても不適な人選だ。 


 ならば、ラピスとリーベの二人に任せるのが最善となるが、そうなれば水晶も壊れてしまうかもしれない。それは、正直避けたい。ツバキに呆れこそしたが、惜しいという気持ちはよく分かるのだ。


『何かいい考えはありませんか?』

『良い考えって言われてもな。破ァ!って祓えるなら簡単だけど、そうもいかないとなれば……』

『でも、壊すには勿体無いです。今でこそ淀んでいますが、清浄な状態を見てみたいんです』

『だったら説得するしかないけど……意思を叩きつけるだったか? そんな技術は誰も持ってないし』

『そうですけど……んっ?』

『どうした?』


 突如黙り込んだアインに声を掛けるが、返ってくるのは無言だった。彼女は、唇に指を触れさせてじっと集中していた。そして、確認するようにゆっくりと言葉にしていく。


『ユウさんって、触れた相手と会話できるんですよね?』

『まあ、そうだな。というか今もしてるし』

『それって、つまり相互に意思を伝えているということになりますね?』

『……喋れない相手でも、触れさせれば意思を伝えることが出来る』

『それは、亡霊の類であっても……可能性はあります』

 

 それは、アインが言う通り可能性に過ぎない。だが、十分あり得ることでもある。

 アインとユウ、二人の意思を剣という媒介を通して怨霊に叩きつける。精神に直接響く声ならば怨霊でも――いや、実態のない怨霊だからこそより効果を増す。


 上手くいけば、ツバキが言った通りウケる筋書きとなる。怨霊も祓う、宝も手に入れる。両方の目的を達成することが出来る。


「いけますよ! ユウさん!」


 自身の閃きに興奮したアインは、思わず腰から外したユウに対して真正面から叫んでしまい、


「……ユウさん?」

「えっ、剣に喋りかけ……えっ、ええ……」


 エターナとリーベ、二人の疑問と引いた目に晒されることになり、ユウはこっそりと溜息をついた。






「喋る剣ですかー。御伽噺みたいですね」

「そんな大層なものじゃないけど、まあ改めてよろしく」

「はい、よろしく」


 机に置かれたユウにエターナは微笑んで言う。その隣に座るリーベは、


「……なに……なんなの……」


 自分の理解を超えたものを前にして頭を抱えていた。

 特級の魔術師であるアインとラピス、絶滅したはずのフクスであるツバキと、常識を超えたものに慣れたつもりだった。だが、喋る剣――それも異世界の人物の意識が宿ったなど、それこそ御伽噺でしか聞いたことがない。


「私の寿命を縮めるようなものは、これ以上ありませんわね……?」

「無いわよ、たぶん」


 それよりも、とラピス。


「ツバキ、アインが言ったことって出来ると思う? ユウが意思を怨霊に叩きつけるって」

「断言は出来ぬが……勝算はあるじゃろう。要は錯乱してるやつに思い切り叫んで正気を取り戻すということなのだから、直に声を届かせるという点に問題はない」

「問題があるとすれば……俺が耐えられるかってことか?」

「そうじゃな。怨念に触れ過ぎればどんな悪影響があるか予想もできん。気分が悪いで済めばよいが、最悪そのまま意識が戻らないということもあり得る」

「じゃあ、無理がありますね……流石にそんな危険を冒すわけにはいきません」

「そうとも限らぬぞ。さっき言った通り怨霊は火や水に弱い。それらで予め力を削いだ上で駄目押せば、反撃を最小限に出来るじゃろう」

「どちらにせよ怨霊にダメージを与える必要はあるわけだし、選択肢としては悪くないってことね」

「俺もそれなら安心できる。ぶっつけ本番だし、リスクは減らしておきたい」


 そうユウが口にしたところで、視線を感じた彼は目線をそちらに向ける。リーベがじっと見つめていた。


「……やらない、という選択肢は選ばないのですね」

「やれることをやろうとしているだけだよ。それに、全部上手くいく道があるならそっちへ進むのが人情ってもんだ」

「不安は無いのでして?」

「あるよ。あるけど、アインが居てラピスが居てツバキが居るなら……何とかなると思ってる。今までも無茶を通して来たのだから、きっと大丈夫だってな」

それだけその程度の根拠で?」

それだけ相応の根拠でもある。アインが出来ると言うなら、俺だってやってみせるさ」


 ユウは、はっきりと迷うこと無く言い切る。


 どうしてこの世界に流れ着いたのか――そもそもそれすら不確かで曖昧な存在が自分だ。そんな自分でも頼りに出来る人がいて、頼りにしてくれる相棒も居る。

 だったら、怯んで尻込みしていられない。不器用だった相棒も独り立ちしようと歩き出しているのだから。


「……わかりましたわ。全力で貴方とアインさんをサポート致しましょう」

「ああ、任せた」

「ユウも問題なしね。じゃあ、方針をまとめるわね。私とリーベが怨霊の力を削ぎ、可能であればユウとアインが接近して『説得』する。エターナとツバキは、後方でバックアップ。いざというときには、水晶の破壊も辞さない。決行は……明日は準備にあてて明後日にしましょう。それでいい?」


 それに全員が頷いたのを確認すると、ラピスは手を叩いて立ち上がる。


「良し、それじゃあ当日に備えて今日は休みましょう。解散!」

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