第61話 コミュ障彼女が着替えたら
「せっかくだし、服を変えてみたら? それも結構傷んでるでしょう?」
並んで道を行くラピスは、アインの服を指差す。破れたりはしていないが、裾は擦り切れているし生地も色あせ気味だ。
服を摘んで具合を見ていたアインは、
「そうですね。いい機会かもしれません」
そう同意する。
「うん、じゃあまずは服を見ましょう。どんなのがいい?」
「動きやすくて丈夫なのがいいですね。簡単に破ける服は困ります」
「相変わらず実用主義ねえ。その分は趣味に回しているのかしら」
「服は自分では見えませんが、宝石はよく見えるので」
落ち着きを取り戻したのか、アインは時折微笑みを浮かべる余裕を見せていた。
その横顔に、背中を追うユウは呟く。
「俺が居なくても、ラピスとは普通に喋れるんだな」
再開したばかりの時もガチガチではあったが一人で喋ろうとしていたし、友人なのだから当たり前なのかもしれないが。けれど、何だろう胸をよぎるこの感情は。
そんなユウにツバキはくつくつと小さく笑っていた。そして、からかうような口調で言う。
「妬いておるのか? パートナーが取られたようで」
「そういうわけじゃ……」
無い、とは否定しきれなかった。むしろ代弁してくれたとさえ思ってしまったからだ。
初対面からアインが素を見せたのは自分だけ。固くならず気軽に話せるのは自分だけ――そういう小さなことに優越感を覚えていたんだろう。それを取り上げられたような気分なんだろうか。最近はアインにも友人が増えたというのも理由の一つかもしれない。
だとすると情けない。パートナーに友人が増えたことは喜んでやるべきなのに。
「なに、当然の反応じゃろ。気に入った相手には自分だけ見て欲しい、特別だと思って欲しいというのは当たり前のことじゃ」
「そう、かな」
「そうじゃ。『取られた』と思っているのは御主だけではない」
ツバキは意味深な笑みを浮かべて言う。ユウは、そうかなと再び呟いた。
ヴァッサの街は美しさで知られている。そうなれば、それに合わせてお洒落な格好をしたいと思う者も多く服飾関係の店も多い。
アイン達は、大通りに立ち並ぶそのブティックの一つに入った。ツバキ達も少し遅れて入店する。
「……おお」
アインは落ち着き無く店内を見渡すと感嘆の声を挙げる。
店内に並べられている服は地味だが堅実で、ビジュアル性をある程度保ちつつ機能性も損なわない。そんな彼女の好みの服が端まで陳列されていた。
「ここなら旅着にもちょうどいいんじゃない? 派手な服よりも好きでしょ」
「はい、その通りです。ラピスは私の事をよくわかっていますね」
嬉しそうに言うアインに、思わず言葉を詰まらせるラピス。彼女は目線を下げ、髪を一房弄りながら、
「あ、当たり前じゃない。友達なん――」
「あ、あの服良さそうですね。ポケットがたくさんついています」
気恥ずかしそうに言った言葉をアインは最後まで聞かず、気になった服の元まで進んでいく。
「……」
形はいいですけど生地はイマイチですね、とマイペースに批評するアインの背中でラピスは拳を震わせていたが、溜息とともにそれを解く。
アインのマイペースさは今に始まったことではない。あーだこーだとその都度言っても無駄なのだから、自分の意識を変えたほうがマシだ。
服の影からそれを眺めていたユウは、ラピスがそう考えているような気がした。それは似たような経験がこなしてきたからである。
「ふぅん。服装にはこだわらないと思うていたが、意外と楽しげじゃな」
ツバキはラピスではなくアインに注目していた。
彼女が言うとおり、アインは服を取っては目を輝かせ、次の服を取っていく。その姿は確かに意外だった。
「服を買いに行く服が無い……ってタイプでも無いし、切っ掛けが無かったから来なかっただけかな」
「案外御主に見られるのが恥ずかしいからかもしれんぞ」
「無いって。あいつ着替える時、俺に目隠しさせるのたまに忘れるくらいだぞ」
「ほう? その時はどうするのじゃ」
「目を逸らすに決まっているだろ」
「御主が今目を逸らしたことだけはよくわかったぞ」
そんな会話を二人がしていると、服を物色するアインに店員が近づいていく。笑顔を浮かべた店員は明るい声で、
「いらっしゃいませ。お探しのものはありますか?」
そう話しかける。
アインは背中が跳ねるほど驚き、そのリアクションに店員も驚くが、すぐに笑顔を作り直し言う。
「お客さんは旅をなさる方ですか? それでしたら、こちらの服はどうでしょう。生地も頑丈ですし、体温調整もしやすくて便利ですよ。もちろんお洒落にも向いています」
「……その」
「それとも、こちらはどうでしょう。落ち着いた色なのでコートやマントにも合わせやすいですよ。機能性も考慮されているので、ちょっとした小物くらいなら何個も収納できますし」
「……ええと」
怒涛のトークに圧されるアインは、冷や汗を流しながらも『一人で見るのでお気になさらず』と言おうと口を動かしていた。しかし、言葉は息となってすり抜けていくばかりで、意味のある音にはならない。
「お客様はお綺麗ですし、どんな服でも似合うと思いますよ! こちらの服を試して――」
鼓動が高まる中、アインは外套を両手で握りしめながら喉から言葉を吐き出そうとしたが、
「……一人にして」
出てきたのは抑揚の無い小声で、尚且つ目を鋭く細めた上での一言だった。勿論『邪魔をするならお前を殺す』という意思表示ではなく、『ゆっくり見たいので一人にしてください』ということを言いたいだけである。
しかし、店員はそうは思わなかった。むしろ、そう思わないものの方が少ないだろう。
「し、失礼しました!」
引きつった顔でおじぎをすると、そそくさとその場から去っていく。その背中を眺めるアインは、自己嫌悪からか大きな溜息をついた。
「……のう。あやつ、ユウと会うまで一人でどうやって旅をしてたんじゃ」
その様子を窺っていたツバキは、若干こわばった声でユウに尋ねる。見知らぬ他人とのコミュニケーションが苦手とは聞いていたが、ここまでだとは思っていなかったようだ。
彼女が服屋に行かない理由を察したユウは、二言で答える。
「俺も、知りたい」
「声かけてくれれば良かったのに。いや、傍にいなかった私のミスね」
「すいませんラピス……一気に喋りかけてくる人は苦手なんです……」
結局アインとラピスは服を買わずに店を出た。怯えたようにこちらを見る店員の視線にいたたまれなくなったからだ。
しゅんと縮まるアインの肩をラピスは軽く叩いて言う。
「別に気にしなくていいわよ。他の店を見ればいいんだし、今度は私が付いてるから」
「ですが、私に付きっきりではラピスは服を見られません」
「それこそ気にしなくても――ん?」
ラピスは突然立ち止まる。その視線は、一軒の看板に止まっていた。
「ラピス?」
唇に手を触れさせていたラピスは、ニヤリと笑うとアインの手を取る。突然手を握られた彼女は裏返った声を上げる。
「な、なにを!?」
「いいからいいから。ちょっと付き合いなさい」
「ど、どこに行く気ですか?」
「すぐそこよ」
ラピスはアインを引きずるように進んでいく。行き先は、先程視線が止まっていた看板の店だ。
わけがわからないままアインは店に引きずられ、そしてドアが閉まる。後を追いかけていたツバキとユウは顔を見合わせた。
「なんじゃあの店? ありす……ず、わんだー……らんど?」
「ファンシーな感じだな……なんだろう」
「まあ、良いわ。行けばわかることじゃ」
ツバキは鉢合わせを避けるため、少し待ってから店のドアを引く。隙間から中を覗くと、
「……おお」
「なるほど」
ツバキは感嘆の声を、ユウは納得の声をもらす。
店内のマネキンが着ている服は、レースとフリルがたっぷりとあしらわれたふかふかな服――所謂ゴスロリファッションだ。明るい色のファンシーなものから、暗い色のシックなものまで様々なドレスが置かれている。
「こんな服もあるのじゃな。なかなか面白いのう」
店に入ったツバキは、興味深そうにレースの刺繍を指でなぞっていく。
「ツバキなら似合うんじゃないか? 小さいし」
「ほお? それは褒め言葉と受け取っていいんじゃな?」
「そうだって。だから怒るな。大人になると着るのがキツイんだよ、色々な意味で」
曰く、大人にしか買えないのに似合うのは子どもという業の深い服だとか。ユウも友人から聞いただけで詳しくはないが。
一応納得したらしいツバキは、怒気を引っ込めると視線を彷徨わせる。探しているのは服ではなく、先に入ったアイン達だ。
「ほら、着替えたなら早く出てきなさいってば」
そこに楽しくて仕方ないという声が聴こえた。聞き覚えのあるその声は、ラピスのものだ。
ツバキは静かに声がした方に進むと、ラピスが試着室の前に立っていた。アインの姿が見えない。
「着替えてるのはアインか」
「ということは」
二人が呟いた瞬間、試着室のカーテンがおそるおそる開いていく。そこから現れたのは、
「……へ、変じゃないですか?」
黒と白を基調としたゴスロリ服を身にまとったアインだった。銀色の髪が白黒の服とマッチしており冷たい雰囲気をまといつつも、恥ずかしさに紅潮させた顔がギャップとなり、結果としてさらに全体の完成度を増している。
ラピスは下から上までじっくりと眺め、そして満足気に頷く。
「いいじゃない。思った通りよく似合ってるわよ」
「あ、ありがとうございます……でも、これは何だか恥ずかしいんです……」
「着れば慣れるわよ。うん、可愛いわ」
「か、かわ……!」
さらに顔を赤くするアイン。ラピスは、その反応まで楽しむように笑っていた。
「そうだ。もっとあざといポーズとってみてよ」
「え、ええ……あざといポーズと言われても……」
「こう、胸の前で両手を揃えて。で、片足は挙げて……はい、やってみる」
「出来ません! 出来ませんから!」
顔を真赤にし、ぶんぶんと首と手を振って全力で拒否するアイン。先程店員に死の恐怖を覚えさせた人物と誰が思うだろうか。今ここにいるのは、慣れない服に恥ずかしがる美少女である。
隠れてそれを窺っていたツバキ達は、
「いいのう……」
「いい……」
深く、深く二人は頷く。
言葉はそれだけで十分だった。多くを語らずとも、二人の間にはそれで全てが伝わっていた。
ありがとう、ラピス。それ以外に言う言葉が見つからない。
1時間前に感じたモヤモヤした感情がすっかり吹き飛んだユウは、ただ感謝の念だけを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます