第149話 ツンデレと自己嫌悪と自分らしさと

「お二人は、付き合っているんですか?」


 大人しそうな女学生が発した、たったそれだけの言葉。それを受け止めたラピスは、笑顔のまま体を硬直させ瞬きすら出来ない置物と化していた。

 そして、その衝撃は彼女だけでなく、


「え、えっ、えぇ?」


 アインは、意味もなく同じ音を繰り返しながらあたふたとし、


「ん゛っ! んんっ……!くっ、ふぅ……!」


 ツバキは、声を上げて笑うところを外套と両手の三重の壁で防ごうとしていたが、抑えきれない衝動に前のめりになってしゃがみこんでいた。


「私も気になるなぁ。二人って仲良さそうだし、どうなんだろ」

「馬鹿! そういうことに気安く踏み込むんじゃありません!」


 エターナは呑気な疑問を、リーベは顔を赤くして叱責をそれぞれ口にする。

 

『どうすんだこの空気……』


 矢面に立たされたラピスに同情した所で何の意味もないが、ユウは同情せざるを得なかった。何故講義をしに来たのに恋愛相手についてツッコまれることになっているのか、と思っていることだろう。


「す、すいません言葉を間違えました! その、アインさんは孤高の人だと友人は言っていて、そんな方とどのような経緯で仲を深めたのか……それを訊きたかったんです」


 一変した教室の空気に過ちを察したのか、慌てて訂正を加える女学生。

 その意図からどうして『二人は付き合っているのか』という文言に変換されたのかと、ラピスは言い返してやりたかったが、湯気を吐き出しそうなほど熱した頭では首を縦に振るのが精一杯だった。


「あ、あー! そういうこと! 確かに疑問に思うわよねー! 皆もそう思うわよね、ねっ!?」


 取り繕った笑顔と同時に放たれる『これ以上余計な口を開くな』という無言の圧力に、誰かが小さな悲鳴をあげる。そして、余計な余地は生ませないとばかりに、早口でまくしたてる。


「出会ったのは協会の登録に困ってるアインを助けたことで仲良くなった切っ掛けはトラブルを解決してくれたことよ。年齢も近い同性で授かりし者ギフテッドっていうことも興味を持った理由で最初は無視されたと思ってたらただの人見知りで安心して次に放って置くと何するかわからない危なっかしい所があるからそれなら私が見守っておこうと思って。勘違いして欲しくないのは周囲と彼女のためにならないからであって別に私がそうしたかったってわけじゃないんだからね! そこは勘違いしないで! そして付き合っているかって話だけど、まず前提として魔術師は魔術研究に命題を置いて生きる者でありそのため普通の生活とはかけ離れたものとなり、魔術師同士で過ごす時間が多くなる。それこそ性別関わりなく恋人や夫婦同然の生活となる者もいるけどだからといって私とアインが付き合っているなんてことの証明にはならない! この話はこれで終わり! 終了!」


 あいつアインのことになると早口になるよな。息を切らし肩で息をするラピスに、そんなことを思うユウ。

 その早口に学生達は圧倒され、おそらく話の内容は半分も理解できていないだろう。そもそも聞き取れたのかも怪しい。


「ありがとうございます。とても参考になりました」


 そんな中で一人、問題となった質問を投げかけた女学生は深々と礼をして、それに負けないほどに深い感謝の意を込めた言葉を述べる。そして穏やかな表情で席に着いた。

 

 一先ずだが平穏を取り戻した教室をラピスは疲れ切った目で一瞥すると、


「……じゃあ、今日はここまで。本格的な講義は明日からするから」


 魂ごと抜け落ちそうな声で言って、ふらつきながら教室から去っていく。事態に振り回されていたアインは、呆然とそれを見送るが、


「ら、ラピス!? 待ってくだったぁ!?」

「あっ、待ってください!」


 慌てて駆け出し、机の角に脚をぶつけた痛みに悶絶しつつも廊下へと出る。それに続いて、エターナも飛び出していき、


「会長、お騒がせして申し訳ありませんでした。これで失礼します」


 リーベはそう言って後を追う。

 一人教室に残されたツバキは、やっと平静を取り戻したのか息を整えて立ち上がる。そこで向けられた視線に気がつくと、頬を掻いてバツが悪そうに言う。


「あー……我が言うのもなんじゃが、あまり突っつかないでやってくれ。あの反応を見るのは正直滅茶苦茶面白いんじゃが、本人は本人なりに悩んでおるのでな」


 騒がせて悪かったの。そう言って、ツバキはそそくさと足早に去っていく。

 嵐が去った後のように静まり返った中、最前列の女学生がぽつりと言った。


「要するにラピスさんは……会長補佐と同じタイプってことなんすかね?」

「確かにそんな感じっスよね、『大事なものこそ厳しく扱うくせに根が甘い』みたいな? ツンデレってやつッスよ」


 軽そうな学生の言葉に真面目そうな学生が頷いて続ける。


「では、余計なことはせず見守る方針ということで」

「それがいいっす。陰ながら応援していくっす」


 ラピス達の預かり知らぬところで扱い方が決まる中、その切っ掛けとなった女学生は恍惚とした表情で呟く。


「アインさんが受け……いや、攻めもあり……ありね」


 そんな盛り上がる学生達をよそに、窓から空を仰ぐドミナートは、


「若いって良いですねえ」


 しみじみと懐かしむように口にした。






「申し訳ありません、早々に私が止めるべきでした。不愉快な思いをされたこと、心から謝罪させて頂きます」


 廊下の窓から顔を出して頭を冷やすラピスに、リーベは誠実な言葉とともに頭を下げる。窓枠に突っ伏した体勢のラピスは、それを見もせず投げやりな声で答えた。 


「……良いわよ、あんたが悪いわけじゃないし。私が勝手に動揺しただけだから」

「寛大な対応、誠に感謝します」

「そんな誠心誠意謝られるとこっちが悪い気になるからいいって。ああけど、少し時間をちょうだい。落ち着きたいから……」


 窓枠にへばりつくようなラピスの言葉に、リーベはエターナと顔を見あわせる。彼女は、先に栄光の間で待っていると言って、足音はラピスから遠ざかっていった。

 残されたのはラピス、アインとユウ、ツバキの4人。しばらく無言の時間が流れ続け、


「……その、ラピス」


 最初に沈黙を破ったのは、アインだった。彼女は、萎れた背中に向かって言葉を探りながら紡いでいく。


「私は、恋や愛を語るほど経験も知識もありません。ですが、人と人が付き合う――有り体に言えば恋人……になる。それは、つまり、それだけの絆や信頼があってこそ成り立つと思っています」

「……」

「だから、ええと……そう見えるほどの関係に誤解されたというなら、私は嬉しいです。それだけの信頼を築くことが出来たのですから」

「…………」

「ラピスは……嫌、でしたか?」


 不安そうに口にしたその言葉に、ラピスは、


「…………そんなわけ、ないじゃない」


 消え入りそうな声で、しかし間違いなくそう言って振り返る。顔は変わらず赤いままでアインと目を合わせることも出来ないが、それでも精一杯向き合おうとしていた。

 だが、正面からは向き合うことは出来ない。素直になってしまえば良いのに、それが出来ない。


「あんたは私の親友で……憧れで……だから、だから……」


 ああもう、と歯がゆさに地団駄を踏むラピス。わかりきっていることがどうして言えないと苛立ち、唇を噛む。 


「とにかく! 私はもう気にしてない! それで話は終わりよ! ほら、戻るわよ!」


 結局いつもこれだ。自分にしか消化できない怒りを彼女にぶつけて、そんな自分が嫌になって――まったく情けない。今もこうして彼女と向き合うこと無く逃げている。


 自己嫌悪に苛まれ、俯きながら歩くラピス。袖が不意に引かれて振り返る。その小さな手は、ツバキのものだった。

 

「あまり自分を責めるでない。長所と短所は表裏一体、短所も見方を変えれば愛らしさよ。少なくとも我はそう思っておるし、アインも嫌ってはなかろう」

「ツバキ……」

「まあ、その、なんじゃ。一から十をいきなり出来るものは居らぬよ。少しずつやっていけばいいじゃろう、これまでのようにな」


 そのからかうつもりなど無い、気遣うだけの言葉が情けなくて――だけど、嬉しかった。これまでの自分も、今の自分も否定しなくても良いのだと、そう言ってくれたようで。


 ラピスは、気落ちしていた体に活を入れるように頬を両手で叩く。

 そうだ、情けない顔をし続けていることの方がらしくない。虚勢でも堂々と立って前に進む。それが自分だ。


「……ありがと、ツバキ。もう大丈夫だから」

「そうか……なら、ついでに教えてやろうか」


 そう言うツバキの表情は、いつもラピスをからかう時のそれだった。彼女は、ラピスの進行方向とは逆を指して告げる。


「二人はこっちに行ったぞ。御主が余計に歩きたいと言うなら止めはせんが」

「あっ」


 遠くから不安げにこちらを見やるアインに気がついたラピスは、今度は違う羞恥に顔を染めることとなった。

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