第137話 これまでの報告とこれからについて

 2週間の行程を終えてロッソへと到着したアインらは、その足で魔術協会へと向かった。旅疲れはあったが、今後のことを考えるとすぐにでも報告すべきだったからだ。


 資料と発掘品の山に囲まれたソファーで眠っていたアルカを起こし、報告を始めたのが10分前。

 当初は眠たそうに聞いていた彼も、事のあらましを聞いていくうちにすっかり目を覚まし――或いは事の大きさに血の気を引いていた。


「……以上がリュウセンで起きた事件の報告になります」


 口頭での報告を終えたラピスは、対面のソファーに座るアルカに報告書を提出する。

 どうも、とアルカは受け取った報告書を軽く読み進めていき、


「この短期間で何度も事件に巻き込まれるなんて、運が悪いのか、それとも良いのかな?」


 ラピスとその両隣に座るアインとツバキの顔を見やり苦笑した。

 彼は、まあそれはともかく、と話を続ける。


「手紙で報告されていたマツビオサの一件、そして今回のリュウセンでの一件。どちらも無事に解決されて良かったよ。それは間違いなく、君たちの尽力あってのものだ。君たちのような部下を持てたことを誇りに思うよ」

「いえ、そんなことは……」

「いやいや、謙遜することはない。君たちはまったく素晴らしいよ」


 人の良い笑顔を浮かべて褒めちぎるアルカに、アインは照れくさそうに頬を掻く。しかし、対称的にラピスとツバキは白けた表情だった。

 彼がどうしてそこまで称賛するのか。その理由をラピスはこれまでの付き合いから、ツバキは商売の経験から知っているためである。


『"君たち"のような部下ねえ』


 ユウも、それは何となく察していた。

 唯一わかっていないアインは、


「そんな頼りがいのある君たちに頼みがあるんだけど」

「その前に、私から一つ良いでしょうか」


 アルカの言葉に素直に頷く前にラピスに遮られる。彼女の表情は、少し緊張気味だった。

 その意味がわかったのか、アインも姿勢を正しアルカと改めて向かい合う。ツバキは気怠げに背もたれに背を預けたままだったが、フードの隙間から窺える目は不安げだった。


「うん? 何かな?」


 対するアルカはわかっているのかいないのか、人の良い笑顔のまま問い返す。

 ラピスは、大きく息を吸うと単刀直入に切り出した。


「まず結論から言わせて頂きますと――協会から脱会させて頂きたいのです」

「ああ、なるほど。残念だけど仕方ないね」

「……それだけですか?」


 余りにあっさりとした回答に、ラピスはつい聞き返してしまう。

 そんな簡単に決められるほど自分は頼りない人間だったのかと、内心落ち込む彼女に慌てたようにアルカは言う。


「そろそろ言い出すんじゃないかと思っていたんだよ。たった今決めた結論ってわけじゃないさ」

「ほう? それはまたどうしてじゃ?」


 訊ねるツバキに、得意げに指を立てたアルカは、


『それは簡単だよ。アイン君と別れてからのラピス君の落ち込みようといったら、見ていて居た堪れなくなるほどだった。もしかしたら会えるかも、という希望だけで元気になるんだ。協会を辞めてでも一緒に居たいと思うのは何もおかしくない』


 と答えようとして、ラピスが凄まじい目つきで睨んでいることに気がつく。彼女の指先には、小さな炎が灯っていた。

 アルカは咳払いすると、キリッとした表情で言う。額には冷や汗が流れていた。


「それは……言わぬが花という奴だよ。ボクはまだ死にたくないしね」

「ふぅん?」


 アインはいまいちわかっていなそうだったが、スムーズに話が進んだのならいいかと考えることをやめる。実に大雑把な性格であった。


「では、私が協会を辞めることに異論はないんですね?」


 少し頬に朱を差したラピスは咳払いし、確認をする。

 アルカは、寂しげな顔で頷いた。


「君の人生で君が決めたことだ。ボクが束縛する権利はないよ。それに、世話を焼くなら30代のオジサンよりも同年代の友達のほうがいいだろう?」

「それはそうですが」

「……そこはさぁ、『まだオジサンじゃありませんよ』とか『そんなことありません』って言おうよ」

「お世辞は得意ではないので。次は口が上手い部下を任命してください」


 冗談っぽく返すラピス。そうするよ、とアルカは拗ねたように言うがその口元は緩んでいた。

 ラピスは、アルカを評して『頼りない』と何度も口にしていたが、同時に信頼できるとも言っていた。それは彼も同じで、このようなやり取りも何度も繰り返されたのだ。


 だからなのだろうか。用は済んだと気を緩めるアインと違い、ラピスはまだ緊張を解いていなかった。

 それを裏付けるように、アルカは表情を引き締めると3人の顔を見渡す。


「さて、君が辞めることに異論は無いと言ったけど、提案はあるんだ。それを聞いてからもう一度考えてもらえないだろうか」

「提案、とは?」

「君たちも知っての通り、魔術協会は横の繋がりが薄い。比較的近くにあるヴァッサですら、あんな船を造っていたとは知らなかったからね」

「ええ、確かに。ですが、それがどうしたのですか?」

「横の繋がりが薄いというのは、横槍を入れられないというメリットはあった。けど、今となってはデメリットの方が大きいだろう。機械を互いに解析し、進歩しているのに比べて魔術は秘密主義が蔓延っている。お互いに協力できれば、もっと良いものだって出来るはずなのにだ」


 ユウは、いつかの日にアインが語ったことを思い出す。

 魔術師由来の技術は、全てが社会に還元されているわけではない。自らの地位を守るため、機械で再現できないように隠されているものもあるという。


 魔術師同士ですら身内以外とは繋がりが薄ければ、発展を望むのは無謀だ。新技術は思いもよらぬ組み合わせから発見され、思考と試行を重ねることで実用化されていく。

 秘密主義の果てにあるのは、確実な行き止まりだ。


「そして、せっかく遺跡を見つけても素人に任せたせいで駄目になることだってある。適切な鑑識眼を持つ者が居ないために、せっかくの宝を捨ててしまうこともあるだろう。それを変えるために、ボクは考えた。『協会の立場に縛られず、しかし信頼を得た自由に行動できる者がいれば良い』と」


 アルカの提案は、現状を打破するための一手だ。

 一つの組織に縛られず、魔術師という大きな枠の中を自由に飛び回る者。現状、それに一致する役目は協会には存在しない。


 ということは、とラピスは驚嘆の眼差しをアルカに向ける。


「……新たな役職を用意するということですか?」

「そういうこと。今も信頼できるフリーの魔術師や旅人の力を借りてるけど、それを協会員が行うわけだね。彼らは宝を見つけるのは得意だけど、調査や報告は嫌いだし、何時まで当てに出来るかもわからない。当てにし続けるには不安定だ」

「なら、最初からそういう役を用意しておけば良いと。根無し草ではなく、渡り鳥なら安定して成果を持ち帰ってくるということじゃな」


 感心したように言うツバキ。それにアルカは誇らしげに鼻を鳴らす。


 確かに、この役職であれば旅をすることと大して変わらない。協会を辞める必要もなくなるし、フリーで活動するよりも協会の後ろ盾がある方が信頼されやすいだろう。

 実に旨味のあるいい話である。実現すればであるが。


「で、それは何処まで話が進んでいるですか?」


 ジトッとした目で訊ねるラピスに、アルカは、


「……ボクの脳内では、君たちが涙を流して感謝するところまでかな」


 要は企画段階も良いところだ。目を逸らして告白した彼にラピスは嘆息する。

 その反応に、彼は早口で弁明を始めた。


「将来的には有意義なことだと皆わかっているんだよ? けど、未だに会長からは臨時が取れず、信頼だって回復しきったとは言えない。目先の問題だって山積みだ。けど、だからこそ外部に協力することで信頼を取り戻せると思うんだよ」

「わかってます、わかってますよ。だからこそ私達に任せたいんでしょう?」

「……どういう意味ですか、ラピス?」


 首を傾げるアインに、ツバキがつまりのうと説明をする。


「会長の陰謀を破ったのは御主らじゃが、逆を言えば御主らがいなければこんなことにならなかったと思う者もいるわけじゃ。自分の預かり知らぬ所で起きたことで、どうして肩身が狭い思いをせねばならんのかとな」

「……つまり、その原因である私達が尻拭をすべきだと?」

「正否はともかく、そう思っているやつはおる。そこで新役職――言ってしまえば面倒な仕事を任せよう、と言えばやらせてみるかという気にもなる。実際問題として、自由に動ける連中が少ないというのはあるじゃろうがな」

「そう、その通りだよツバキ君! ボクだってちゃんと考えてるんだよ! 出向先の候補だって考えてるし!」


 身を乗り出し熱弁するアルカだが、どうも頼りなく感じてしまう。

 だがしかし、とユウ。


『まあ……悪い話じゃないのは事実だろ。ある意味尻拭いではあるけど、成功したなら向けられる目も変わる。お前だけじゃなくラピスもな』

『それはそうですが……いえ、そうですね。何だってやると言ったんです、乗らない手はありません』


 その意気だ、とユウの後押しを受けたアインは、おずおずと挙手し告げる。


「私は……構いません。アルカさんにはラピスがお世話になりましたし、私にとっても悪い話ではありませんから」

「おお、本当かい!? 助かるよ!」


 アルカはその言葉にぱっと顔を輝かせ、何度も大きく頷いた。そしてラピスを見やり言う。


「一応聞くけど、ラピス君はどうする?」

「一応は余計です」


 まったく、と彼女は苦笑していた。答えを知っていながらも、自ら言葉にするのを待っている彼に向かって返答を口にする。


「泣いて感謝はしませんけど、これでも感謝はしています。新役職の発足、私で良ければお手伝いしますよ」


 軽くそっぽを向きながらの言葉に、アルカは満足げに頷いた。

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