第141話 顔合わせとご挨拶
アイン達がロッソに戻ってから数日が経った日のことだった。
「出向先の候補だった一つから返事があったよ。興味があるからぜひ話を聞かせて欲しいとのことだ」
ラピスと共に宿に訪れたアルカは、テーブル対面のアインとベッドに腰掛けるツバキに向かって言う。
「はぁ、そうですか……」
アインは気の無い返事とともに欠伸をこぼす。客を前にして良い態度とは言えないが、ユウもそれを注意する気にはなれない。
何しろ、現時刻は朝の7時でまだ朝食も摂っていない起き抜けだ。アインも最低限の格好は整えたが、髪の所々に寝癖がついている。
「こんな朝っぱら来るということは、余程大事なんじゃろな?」
大あくびをするツバキも体が揺らいでおり、今にも耳を隠す布団ごと倒れてしまいそうだ。
「こんな時間から悪いわね。けど、速く伝えたほうが準備ができるからって、アルカ隊長がね」
「そういうわけだよアイン君! お詫びと言っては何だけど、これが終わったら朝食を奢ろうじゃないか! ああ限度はあるよ限度は!」
朝からテンションが高いアルカに肩をすくめるラピス。彼はそれに構わず懐から取り出した手紙をテーブルに置く。
アインは、眠い目を擦りそれを読み進めていく。
「オーラン魔術協会……学生代表エターナ=ダズル……ええと、オーランって何処でしたっけ」
「ロッソとゲルプの中間に位置する街よ。昔は鉄鉱石発掘で栄えていたけど、今じゃ鉱石も枯れて寂れた鉱山街……だったのが10年ほど前の話よ」
「今は違うんですか?」
「ええ、鉄鉱石こそ枯れたものの現在も採掘される鉱石がある。それは水晶よ」
「水晶……ああ、なるほど」
一人納得するアイン。その理由をユウが訊ねると、気持ち早口のような思考が返ってくる。
水晶は魔術師には魔術触媒として重宝されており、以前からある程度の需要が保証されていた。
しかし、大規模な魔術や精密さが必要な魔術に用いる場合、魔術師は信頼している独自のルートで入手するため、価値が高い水晶でもすぐ買い手が着くわけではない。
かと言って、安い水晶で事足りるような相手にだけ売っていても大きな利益には結びつかない……と水晶は、需要はあるがコストとメリットの釣り合いが取りづらいものだった。
だが、逆を言えばそれをクリアすれば安定した商材になりうる。そうなった理由を、アルカが述べていく。
「君が考える通り、オーランでは10年前に魔術協会が設立されたんだ。地元で採れた水晶を地元の魔術師が使う。そうすることで水晶を採るための雇用が生まれ、評判が魔術師を通して広がっていく。そうした結果、オーランはかつての灰色の街から輝く街へと生まれ変わった」
「ふむ、そんな街の魔術協会……それも会長ではなく学生代表と言ったか? どんな依頼なのじゃ?」
「私も気になりますね。わざわざ学生から頼むとはどういうことでしょうか」
「それは読めばわかる……って言いたいけど、今は難しそうだね。ラピス君、説明を頼むよ」
眠たそうな二人に苦笑したアルカに促されたラピスは、頷くと事のあらましを説明していく。
「今言った通り、オーランの魔術協会は比較的新しいのよ。そして街の規模自体もロッソやヴァッサほどではない……となれば、協会の人材も恵まれているとは言い難く、実績も足りないというのが実情よ。学生代表からの依頼というのも、人手不足が原因でしょうね」
「じゃあ、どうしてそんな街に協会を?」
アインの声を借りてユウが訊ねる。
「それは水晶を活かすのに最適だったからよ。魔術触媒としては勿論だけど、魔術で加工した水晶も土産や芸術作品として人気があるしね。例えばガーデンクォーツとか」
「なるほど……」
話を続けるわね、とラピス。
「で、そんな経緯で設立した協会の一番の出資者がダズル家。街一番の富豪で市民から慕われてるって話」
「ダズル……つまり、スポンサーの子どもが学生の代表というわけか?」
「そういうこと。これは、会長まで講師をやる状態っていう理由もあるみたいだから、単に身内政治ってわけでは無いみたいだけど」
「ふむ、話が見えてきたな。足りないのが講師と実績ということは、それらを求めているというわけじゃな」
その通り、とラピスは頷き、続きをアルカが引き継ぐ。
「依頼は、魔術講師として学生に知識を教授すること。そして協会の実績となる物を入手することの二つだ。初の依頼としては中々のものだと思うよ。どちらも君たちが得意なことだしね」
「それはわかりましたが……ここまで早く伝える必要はありましたか? 別にこれからすぐ会うとか、そういうわけではないんですよね」
訊ねるアインに、アルカは目を合わせないよう顔を逸らす。
それは、嘘をついてる時のアインの様子にそっくりだった。ということは、つまりそういうことである。
「……これからすぐ会うんですか?」
「いや、すぐじゃないよ! 4時間位は余裕があるはずだから!」
「4時間しか無いのか……どうなっとるんじゃラピス」
じとっとした目を向けるツバキに、ラピスは肩をすくめて答える。
「今回は責めないであげて。本当ならその手紙は一昨日には届いてるはずだったのよ。けど、何かの手違いかミスなのか届いたのは今朝だったってわけ」
「その通り! だからボクは何も悪くない!」
それは事実なのだが、だからといって堂々と胸を張られるのもイラッとくる。
全員から向けられるそんな視線を意にも介さず、アルカは手紙を指差し説明を続けるのだった。
「そろそろですかね」
緊張した様子でアインは呟くと、襟元を正して壁に掛けられた時計を見やる。時刻は11時直前を指していた。
応接室のソファーには真ん中にアルカが座り、その両隣にアインとラピスが座している。ツバキは『外部協力者代表はアインに任せる』と宿に残ることになった。
「あまり無理しなくても大丈夫よ。私とアルカ隊長が答えれば良いんだから」
「そうですけど……そう思っている時に限って私しか答えられないことを聞かれるんです……」
「考えすぎよ……っと、来たみたいね」
ドアのノック音が部屋に響き、気楽そうな表情だったアルカも気を引き締めるように深呼吸する。彼が入室を許可すると、
「失礼します」
明朗な良く通る声とともに二人の少女が姿を現した。
「初めまして。オーラン魔術協会学生代表を任せられているエターナ=ダズルです。これからよろしくお願いしますねっ」
エターナと名乗った少女は、アインと同じくらいの身長で、髪色は鮮やかな茶。明るい笑顔は眩しいという表現が相応しく、セミショートの髪とショートパンツも相まって活発な印象を覚える。
「オーラン魔術協会学生代表補佐、リーベ=クライン=ダズルと申しますわ。以後よろしく願います」
続いて名乗ったのはリーベという少女だった。こちらはラピスと同じくらいの身長で、髪色は透き通る金色。語調は丁寧だが、目つきはややキツい。
青いドレスと髪先が軽く巻かれたロングヘアということもあり、何処かお嬢様っぽいというのが、ユウが抱いた印象だ。
「ボクはロッソ魔術協会発掘部隊隊長のアルカ=ピースマンだ。こちらこそよろしく」
「同じく発掘部隊所属、副隊長のラピス=グラナートよ。よろしくね」
立ち上がり挨拶する二人に遅れて、アインも慌てて頭を下げて挨拶する。
「ア、アイン=ナットです。こ、今回はアルカさんら魔術協会に協力する外部協力者の代表としてここにいます」
若干声を裏返しながらも挨拶を終えたことにアインは安堵するが、
「アイン……?」
「アイン=ナットさんですか!? あの!?」
訝しげなリーベ、目を輝かせるエターナに思わず怯む。
そこにフォローする形でアルカが割って入った。
「ああ、あのアイン=ナット君だ。街に戻ってきたのはつい最近でね、今回の企画段階では居なかったから手紙には書いてなかったね」
「あのアインさんが協力してくれるとなれば心強いです! 後でキマイラを退治した話を聞かせてくださいね!」
「か、考えておきます……」
比較的近い街の魔術協会ということもあってか、持ち出された噂は珍妙なものではなく真実であった。
それに加えてエターナの向けるものが純粋な尊敬の眼差しということもあり、身構えていたアインは照れくさそうに俯いていた。
しかし、一方でリーベの向ける目は鋭く疑わしいものだった。
浮かれて気が付かないアインに代わり、社交用の笑みを浮かべたラピスが訊ねる。
「何か気になることでも?」
「そうですわね……敢えて言うのなら」
リーベはアインからラピスへと視線を移し、
「貴方達、本当にお強いのかしら?」
試すように、そう口にした。
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