第142話 拳を突き合わせろ
「貴方達、本当にお強いのかしら?」
リーベの試すような口調と向けられた視線に、
「……」
アインは無言ながらもムッとした表情で睨み返し、
「あー、なるほど。確かに気になるだろうね。けど、今は一先ず何をすべきか話し合うべきだと思うな」
アルカは冷や汗を流しながらも笑顔で場を取り繕うとし、
「へえ、じゃあ試してみる?」
皮肉げに笑ったラピスは、立てた親指で外のグラウンドを示す。即ち『表に出ろ』というジェスチャーである。
一瞬で即発の状況と化した応接室の空気。次に口にする言葉次第では、それが火種になって爆発しかねない。
アインが、ラピスが、リーベが口を開こうとし、
「そ、そういうつもりじゃないんです! お二人の実力を疑うつもりはありません!」
それよりも早く、慌ただしく割って入ったエターナに一先ず矛を収める。彼女は、深々と頭を下げながら申し訳なさそうな声で続けた。
「『強い』という点を疑う余地はありません……けど、その強さが噂通りなのかそれ以上なのか気になってしまって……それをリーベが代弁しただけなんです。責めるなら私を責めてください」
「……」
エターナの必死の謝罪に、アインは気が削がれているようだった。とりあえず、彼女が落ち着いたことに安心するユウ。
なら、彼女よりも大人のラピスも――。
「ふぅん、だったら実際にやってみる? その方が納得できるでしょう?」
しかし、彼女の言葉は自身とリーベ以外の全員の予想を裏切るものだった。
頬を引きつらせたアルカは、裏返った声で訊ねる。
「ラピス君? あの穏便に済ませたほうが良いかなとボクはだね」
「隊長は黙っていてください」
「はい……」
ラピスに凄まれたアルカは、すごすごと引き下がる。アインはどうすべきかわからずにおろおろとするばかりで、ユウも適切な言葉が思いつかなかった。
何しろアインすら矛を収めたというのに、ラピスは未だ火花を散らす構えを解かないのだ。確かに気に障る発言では会ったが、彼女がそこまで拘るものとも思えない。
あるとすれば、自分だけでなくアインも舐められたことだが、
「ラ、ラピス……私は気にしてませんから」
「私は気にしてるのよ。いいじゃない、交流を兼ねた模擬戦っていうのも」
控えめな彼女の制止も押しのけ、ラピスはリーベの元へ歩み寄っていく。それから守るように立ち塞がるエターナだが、肩に置かれた手に振り返った。
「エターナ、行かせて」
彼女は、小さく頷いてみせるリーベに迷うように俯いていたが、結局その場を引いて彼女に任せる選択をとった。
ラピスとリーベ、二人の間を邪魔するものは何もなく、鋭い視線を刃のようにぶつけ合う。
「それでは、お相手して頂けるということでよろしくて?」
「ええ、もちろん。勝つのがわかってる勝負なんて退屈だけどね」
「あらあら、随分と気が早いことで。ご友人の前で格好つけるのは良いですが、後悔しなければいいですわね」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ」
真正面から言葉と体をぶつけ合うラピスとリーベ。ほぼ同身長の二人は、少しでも見下ろしてやろうと体を押し付けあって、至近距離から睨み合う。
お互いに笑顔こそ浮かべているが――否、引きつった笑顔だからこそ恐ろしい。この後のことを考えれば、とてもそうはしていられないのだから。
もう事態を見守るしかないと理解したアルカは肩を落とし、エターナは決意した目で二人を見据え、アインは事態についていけず立ち尽くすばかり。
そしてユウは、
『……ふむ』
二人の同程度の胸が押し付けられ形を変える様に愉悦し、勘付いたアインに鞘を叩かれていた。
喧騒に包まれたグラウンド。輪を形成する人垣。その中心には向かい合う二人の魔術師。
いつかの決闘を彷彿とさせるシチュエーションだが、そこに立つのはアインではなく、
「ルールはそうね……相手を水浸しにしたほうが勝ちでいいかしら? 水魔術以外を使用してもいいけど、直接当てるのは禁止」
ラピスであり、対峙する相手もゼグラスではなく、
「構いませんわ。まあ、
余裕を湛えた笑みを浮かべるリーベだった。
だがしかし、二人が散らす火花の熱量は模擬戦とは思えないほどに高く、激しい。何故そこまで熱を上げるのかわからず、アインが聞いてはみるが、
「本能よ! 自分でもよくわからないけど……何かムカつくのよ!」
「奇遇ですわね、私もそういう気分でしてよ!」
火に油を注ぐ結果にしかならず、アインは溜息をついて顔を手で覆う。普段はラピスがする動作だったが、今日ばかりは逆だった。
ユウも火を向けられるのは嫌なので、口出しはしない。アインの隣で腕を組んで様子を見守っていたアルカも、
「考えてみれば、オーランの魔術師の実力を知るいい機会じゃないか。勝っても負けても損はしないし、やるだけ得だ」
止められないと見るや、既に思考を切り替えてメリットに目を向けていた。残るエターナも、
「おね……こほん、リーベ頑張ってー! リーベなら勝てるよー!」
ヤケになったのか、開き直ったのか、それとも単純に勝負事で負けてほしくないだけなのか――手を振り上げリーベを大声で応援をしていた。それにつられてか、周囲の野次馬もノリで応援を始める。
「さて……」
「それでは……」
その歓声の中心で二人は一歩ずつ近づき、すれ違う。お互いに背を向けた状態で距離を取ると、示し合わせたように立ち止まった。
そして、同時に振り返り、
「ウォータースフィア!」
「ヴァッサークーゲル!」
突き出した右手から水球を放つ。全く同じ軌道を描いたそれは、中心点でぶつかり合い周囲に水を撒き散らした。
模擬戦の開幕に歓声が上がる中、リーベは地面を濡らす水たまりを見やると感心したように言う。
「へえ、やはりこの程度は出来なくては」
「当然、よ!」
続いてラピスの左右の手から放たれる2発の水球。それを前にリーベは逃げようともせず、懐から香水瓶のような物を取り出す。封を解いたそれを横薙ぎに払うと、水滴が宙に巻かれた。
それが放たれる水球に触れた瞬間、球状を保っていた水は振るわれた腕に引っ張られるように形を変えていく。リーベがスカートをふわりと翻し一回転すると、引き伸ばされた水は彼女の周囲でリボンのように滞空していた。
「確かに貴方はお強いのでしょうが……」
優雅な笑みを浮かべるリーベは、ゆっくりと腕を持ち上げ、
「
一転、鋭い目つきと共に
「このくらい!」
ラピスは、上方から弧を描いて襲いかかる一撃を飛び退いて避ける。地面を抉った水の蛇は、地面の上でぐるりと回ると今度は空へ飛び上がる。
それを左に避けると、地面に落ちた蛇はそのまま土へと染み込んでいき姿を消した。
「面白い魔術じゃない! けど、それで終わりじゃないんでしょう!」
「当然でしてよ!」
再び瓶が振るわれ、水滴が舞う。指先ほどの大きさのそれが、宙に漂う内に膨らみ、最終的にはスイカ大ほどの大きさとなっていく。
『クラゲみたいだな』
その光景に、ユウはそんな連想を思い浮かべる。
水槽の代わりに空中を漂う十数のクラゲは、不規則な動きをしつつ広がりながらラピスへと向かっていく。
「ウォータースフィア!」
ラピスは水球を放つが、不規則に動き回るクラゲに邪魔されリーベには届かない。もう一発放つが、今度は瓶から振りまかれた水に引きずられる。
「ご助力感謝致しますわ。では、逃げ回ってくださる?」
「ムカつくわね! 笑ってられるのも今だけよ!」
ラピスは苛立たしげに叫びながらも、襲いかかる蛇を躱し続ける。対するリーベは、その場から一歩も動かず悠々とその様を眺めていた。
「いいぞーリーベ! いも……えーと、学生代表として誇らしいよー!」
最初は止めようとしていたエターナも、周囲のノリに完全に感化されたのか、隣のアインに構わず歓声を上げていた。
「……」
一方のアインは、じっと攻防を見守るだけで声の一つも上げていない。
『大丈夫なのか? 押されているように見えるけど』
『ラピスなら大丈夫ですよ。彼女だって向こうの魔術が気になるでしょうし、それに付き合っているだけです』
『お前が言うならそうだろうけど……それならともかく、応援くらいしてやればどうだ?』
『勝つのがわかっているのにですか?』
心から不思議そうな彼女に、ユウは一瞬言葉を失う。ラピスが負けることなど、毛の先ほども考えていない。
それだけ強く彼女を信頼しているということなのだが、
『言わなきゃわからないぞ。ラピスだって応援されれば喜ぶさ』
『そうでしょうか……では』
アインは大きく息を吸うと、
「ラピス、頑張ってください! 貴方なら勝てますよ!」
走り回るラピスへと声を飛ばす。その声量は、あまり大きいとは言えず周囲の声に飲み込まれてしまいそうだったが、
「言われなくてもわかってるわよ!」
ラピスは攻撃を避けながらもしっかりと答える。その唇は、わずかに綻んでいた。
「随分と余裕ですこと! そんな暇がお有りかしら!?」
叫び、腕を振り上げるリーベ。それに答えるように水溜りから生まれた蛇はラピスへと牙を剥く。
「ッ!」
迫る蛇を前に、ラピスは冷静に思考する。
飛び退いて避けるには、周囲を漂うクラゲが邪魔になる。おそらくだが、アレは近づいたところで破裂し水を撒き散らす罠だ。飛び退いた直後の至近距離では避ける術はない。
なれば、蛇を迎撃する他あるまい!
覚悟と思考を固めたラピスは、周囲を旋回する蛇の狙いを見定めつつ詠唱を開始する。
「迎撃するのはよろしいですが、細く見づらい蛇を潰せますかしら!」
地面を擦る蛇の速度が一瞬緩まる。獲物に対して飛びかかる寸前の力溜めから、一気に解き放たれた蛇は正面から猛然と襲いかかる。
ラピスにとっては、小さな点の攻撃。だが、
「食らうところに手を置くくらいなら……簡単なのよ!」
顔面に向かって飛びかかる蛇。それを遮るように右手をかざす。
「我が手に宿れ、赤の輝き! その輝きを持って勝利を掴め!」
右手は焼けた鉄のように赤く輝き、そこに蛇が突っ込んでいく。手の平という小さな面積に集中する熱量の前には、蛇は為す術もなく焼かれていき、その身を水蒸気へと変えて消え去った。
「さて……」
蛇の残滓は風に溶けていったが、周囲にはまだクラゲが漂い続けている。蛇を対処したと言っても、不利なことに変わりないのだ。
だが、彼女はゆったりとした動作でリーベに向かって指を突きつける。
「ここからは、私のターンよ。そして、もう貴方にターンは回ってこない」
その声は、自信に満ち溢れていた。
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