第36話 明かされる真実・前編

荒れた砂利道を一頭の馬が駆け抜けていく。銀色の鎧に包まれた鎧馬は、中身が空のリビングメイルだ。思い通りに馬を操る技術をアインは持たないが、予め組み込まれた動作を魔力でコントロールするリビングメイルであれば、走らせるだけなら問題ない。

 問題となるのは、これを造ったのがレプリだということか。元凶に助けられているような気分に、手綱を握る手に力が入る。

 そんな彼女に、ユウは心配そうな声をかける。


「気持ちはわかるが、あまり熱くなるな。相手は何を企んでいるかわからないんだ」

「わかってます……わかってますが、どうしようもありません!」


 苛立たしげにアインは叫び、催促するように鎧馬の胴体を蹴る。それに呼応するように鎧馬は、さらに速度を上げ地を駈ける。砂利が飛び散り、尾のように砂塵を巻き上げながら目的地までひた走る。

 高速で移り変わる景色の最中、アインは叫ぶ。


「……! 見えました!」


 枯れた泉のように大地にぽっかりと空いたくぼみがユウにも見えた。前にはあったテントは片付けられ、周囲には人影も見当たらない。


「レプリとラピスがいるなら遺跡だ! 気をつけろよ!」

「言われなくても!」


 アインは、地上と地下の境界線ギリギリで速度を落とし、すぐさま馬から降りると底の様子を窺う。土砂の柱は全て無くなり、平らにならされた地面のあちこちに遺跡の一部らしい石柱や壁があった。そして、その中央。キマイラがいた大広間に繋がる祭壇にいたのは、


「ラピス!」


 彼女は、祭壇に描かれた魔法陣の中央に目を閉じて倒れていた。掠れていた魔法陣は、血のように真っ赤な色で書き直されている。彼女の隣には、


「レプリと……なんだ、あの黒鎧は……」


 椅子に腰掛けるレプリの傍には、闇を吹き付けたような暗い色の鎧が佇んでいた。2メートルはある大柄な体躯から放たれる威圧感は、ただ巨大なものに怯む本能によるものだけではない。

 何かが、あれに潜んでいる。奇妙な悪寒を感じたのはユウだけではない。アインは、今すぐラピスの元に駆けつけようとする体を抑え、慎重に崖を降りていく。


「ああ、ちゃんと来てくれたのか。不安だったけど、安心したよ」


 祭壇に近づくアインに、レプリは口の端を吊り上げ笑う。生気が全く感じられない土気色の顔が浮かべるそれは、糸で無理やり引っ張ったように不自然で嫌悪を催さずにはいられない。

 彼女は鋭く研がれた氷のような目で答える。


「……安心したとはどういう意味ですか」

「いや、うっかりアルカ君に伝え忘れてね。『僕とラピス君はここにいる』と。伝えてもその意味が君にわからないと意味がなかったが、杞憂に終わったようだ」

「私をおびき寄せたかったということですか」

「その通り。野盗達が壊滅したというのは知っていたけど、どこまで情報を掴んでいるかはわからなかった。ちなみに、君はどこまで知っているのかな?」

「貴方がエリオら野盗の偽宝石製造に協力していた。そこまでです」

「なるほど、素晴らしいタイミングだったというわけだな」


 こちらを見下ろしながら音の鳴らない拍手を送るレプリ。アインは、今すぐにでも魔術を放とうとする右腕を左腕で抑え、耐えていた。レプリの傍には彼女がいる。今は、迂闊に行動できない。

 歯を食いしばるアインに代わり、ユウは問い詰める。


「お前の目的は何だ? ラピスをどうする気だ? この魔方陣は何なんだ!」

「焦らなくても一つずつ説明しよう。研究者は教えたがりなものでね」


 膝の上に置かれた腕が機械的に持ち上がり、指を一本を立てる。


「まずは、この魔方陣について。ひいてはこの遺跡が何のために作られたかだ」


 書き直された赤い魔法陣をレプリは示す。円の中には、三角形を組み合わせた記号、意味不明な文字のようなものが書き込まれている。


「君も気がついていると思うが、この遺跡はかなり新しいものだ。おそらく約300年前くらいだろう。しかし、そうなるとおかしいことがある。何故ここまで深く埋まっていたのかということだ」


 遺跡を囲む壁は数メートルはあり、自然にここまで埋まるには相当の時間がかかる。それは、アインも言っていたことだ。


「それは、この魔方陣の役割を理解すれば自ずとたどり着く。この魔方陣は、魂を神の元へと送るためのものだ」

「神……まさか!」


 愕然とするアインに、レプリは満足げに笑う。


「そう、あのキマイラさ。アレが神なのか、その使いなのかはわからないが――何かを信じ、生贄を捧げた者はいた。ここは、邪教の祭壇だったというわけだ」

「……あそこにいたスケルトン達は、その犠牲者か」


 ユウは、無数に散らばる骸骨を思い出す。

 あれだけの人数が、あの魔獣の生贄となった。そうするに至った思考に寒気がした。


「そうだろうね。そして、決死隊がキマイラに挑み石化させることで封じた。さらに厳重に封じるために、地に沈め幾重にも土を覆い被せ埋葬した。それが、この遺跡の真相だ」

「……! じゃあ、ラピスは!」


 書き直された魔法陣。神の元へと送るため。生贄。それから連想される最悪の答えに、アインは叫ぶ。

 その叫びが聞こえていないように、レプリは一人講義を続ける。


「もっとも、この魔方陣は魔術的にはまったくの稚拙で意味をなさない。しかし、そこに込められた『魂を送る』という信仰、執念は本物だ。故に、正しい魔術式を書き加えてやれば機能した」


 倒れたままの彼女に、黒鎧が手を伸ばす。


「離れろおおおおお!」


 怒りと恐怖の衝動のままにアインは、黒鎧に向かって魔術を解き放つ。右手から生まれた青白い光芒は、容易く鎧ごと人間を撃ち貫く威力がある。


「……! これは!」


 しかし、無防備な胴体に直撃したそれは、漆黒の装甲に吸い込まれるように消えていく。

 それは、ゼグラスが着ていたリビングメイルと似た光景だ。だが、アインはあの時以上の力で撃ち込んだにも関わらず黒鎧は微動だにしていなかった 


「ああ、上手くいったようだね。どうかな? 魔力を無効化するだけでなく、吸収できるようにしてみたんだが」


 自慢げに言うレプリを睨むアインだが、すぐに黒鎧に切り返す。

 あれがリビングメイルなら、例えレプリが死んだとしても動きは止まらない。しかし、あの黒鎧に通じる魔術はラピスを巻き込む可能性が高い。危険を覚悟で、琥珀を飲むしか――。

 ポケットに手を伸ばすアイン。それを、レプリは右手を上げて制止する。


「勘違いしているようだが、ラピス君の役割を既に終わった。君が考えているようなことはしない」


 黒鎧は、右腕だけで彼女を持ち上げると、空き瓶を投げるように軽々とアインに向かって放る。慌ててアインは、身動きの取れないラピスを受け止めるが衝撃に耐えられず、後ろに倒れてしまう。


「ラピス! ラピス! 目を開けてください!」


 アインは、背中に走る痛みを気にも留めずラピスの肩を揺さぶり、必死に呼びかける。脳裏に浮かぶ不安を払うように、名前を呼び続けた。


「……つぅ」


 小さい呻き声をもらし、ラピスが眩しげに目を開ける。そして、


「アイン……?」

「はい……! 私です……アイン=ナットです!」

「うん、知ってるわ……」


 良かったと絞り出すように繰り返すアインに、ラピスは優しく微笑む。彼女の手を借り、ふらつきながらも立ち上がると、レプリを睨みつけた。


「レプリ会長――いえ、レプリ。私を気絶させて、どうする気だったのかしら?」

「教えなさい、レプリ。彼女を生贄にする気がないのなら、この魔方陣は何のためにあるのですか」


 二人に睨まれながらも、レプリは何も反応を示させない。焦りも恐怖も余裕も喜びも悲しみも、何も感じられない。ただ上っ面の笑顔だけを浮かべ、虚無的な声を響かせ続ける。


「ラピス君は、アイン君をおびき寄せるための餌だよ。彼女が危機とあれば、間違いなくここにやってくるだろうとね。そして、それは正解だった」

「……それだけのために、ラピスを」


 怒りに拳を固めるアイン。彼女を抑えるように、ラピスは一歩前に出て問う。


「……レプリ。他の皆はどうしたの? アルカ隊長達は?」

「彼らは必要なかったから帰した。ああ、けど――」


 パンと一緒にハムも買えば良かった。そんな気軽さでレプリは続ける。


「君共々殺したほうが、もっと効果的だったかもしれないな」

「なっ……」


 そのあまりに身勝手な言葉に、ユウは言葉を失い恐怖した。

 部下を、仲間をただ自分のために利用し殺せば良かったと簡単に言ってのけた。憎いから、許せないから殺すのではなく、顔も名前も知っている者を『その方が効率的だから』と殺せる精神が理解できなかった。

 ユウが恐怖を覚えたのと同様にアインとラピスは、怒りを覚えていた。友人を利用したこと、仲間を利用しようとしたこと。


「このっ、外道が!」

「貴方は、生かしてはおけない!」


 その怒りは、魔術となってレプリに放たれる。青白い光芒と紅蓮の光球は、一直線に突き進み、そして――。


「えっ?」


 声を上げたのは、二人の叫びに我に返ったユウだった。

 魔術を放とうと黒鎧に防がれる。二人の攻撃は無意味に終わる。そのはずだった。しかし、目の前にあるものは、


「……どうして」

「何故、リビングメイルで守らなかった……?」


 アインとラピスが呆然と見つめるものは、胴体を光芒で貫かれ、炎に吹き飛ばされ力なく倒れ伏すレプリだった。まったく動かないそれの風穴からは、一滴の血も溢れておらず、目には一片の生気も灯っていない。完全に命が失われていた。


「まったく……まだ説明の途中だと言うのに。そんな態度では、単位は出せないな」


 しかし、レプリの声は止まない。虚無から発せられるような空っぽの声は、確かに3人の耳に届いている。この場にいる人間は、アインとユウにラピス。後は――。


「まさかっ!?」


 『モノに意識を吹き込む魔術が存在する』『リビングメイルに確固たる自意識を持たせる』『不完全な装備するリビングメイル』。

 アインの脳裏に、過去のレプリとのやり取りがフラッシュバックする。その視線の先には、黒鎧の姿があった。

 壊れた人形のようなレプリを黒鎧は眺めていたが、ゆっくりとアインらに向き直ると、


「説明の順番が崩れたが、まあいい。続けよう」


 レプリの声でそう言った。

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