第31話 唸れ、必殺の閃光魔術

日は沈み始め、鉱山だった場所は黄昏色に染まっていた。外で暴れていたゴーレムは土の山となり、周囲には呻き声をあげ倒れたままの野盗の姿がある。無事だった野盗は、輪のようにアインを取り囲み憎しみの目を向けていた。

 その輪の中心でアインとツバキは、エリオと対峙していた。


「さて、おとなしく付いてきてくれたことに感謝だ。さっき聞いたと思うが、俺の名はエリオ。こいつらのトップだ」

「どうでもいいですよ、貴方の名前なんて。どうせ忘れる名前です」

「言うねえ。まあ、そんな奴だから一騎打ちを希望したんだが」


 そう、一騎打ちだ。このくたびれた男は、あの場でそう提案したのだ。

 その意図がユウにはわからなかった。正々堂々の勝負を希望、なんて殊勝なものとは無縁の集団だ。罠があると考えるのが自然だろう。

 だから、ユウはアインにそう伝えた。しかし、彼女は、


「こちらとしても好都合です。貴方を叩きのめす理由は山ほどあります」


 ユウに言ったことと同じセリフを、エリオに叩きつける。それに、彼はシニカルな表情で返す。


「理由ねえ……危険を犯す価値があるほどの?」

「ええ、そうですよ。身をもってわからせてあげます」


 そう言ってアインは、ユウを腰のベルトから外し、ツバキに差し出す。


『アイン?』

『一緒にいてあげてください。さっきのがショックだったみたいですから』


 さっきのとは、魔術師が目の前で殺されたことだ。ユウは突然のことに混乱し、その意味が理解しきれなかったが、先程まで生きていた人が死ぬということは非日常であり異常なのだ。それを受け止めてしまったツバキは、今も小さく体を震わせていた。


『……わかった。こっちは任せろ』

『お願いします』


 差し出されたユウに気が付かないツバキの手をアインは取り、彼を握らせる。不安の目を向ける彼女とまっすぐ見据えながらアインは言う。


「大丈夫です。私は強いですから。報酬、期待してますよ」

「……うん。アイン、絶対勝つんじゃよ!」


 胸の前でユウを抱くツバキに、アインは頷き応える。彼女が距離を取ったことを確認し、アインはエリオを睨み付けるように対峙する。


「始めましょう。時間の無駄です」

「まあ、そう焦りなさんな。こういうのは形が大事なんだからよ」


 エリオは、部下にボウガンを預けると、代わりに剣を受け取り抜き放つ。やや反り返った細い刀身で、柄には鳥をあしらった細工が施されたハンドガードが備わっている。その鳥の目には、緑色の宝石が嵌っていた。


「……なるほど。そこの貴方、剣を貸しなさい」


 アインは、取り囲む男の一人を指差し要求する。


「はっ? なんでお前のためどぅわぁ!?」

「二度は言いません。早くしてください」

「は、はいぃ!」


 足元に魔術を撃ち込まれた男は、アインに剣を渡すとすぐさま走り去る。

 アインは、剣の重量を確かめるように軽く振る。70センチ位のショートソードは、小柄なアインでも問題なく振るうことが出来た。


「なんだ、そっちの剣は使わないのか?」

「ええ、汚い血で汚したくないので」


 そう言ってアインは、ポケットから取り出した黄色っぽい飴のようなものを口に含み、飲み込む。そして、大きく息を吸って叫ぶ。


「来なさい悪党! 罪の代価を払うときです!」

「あーあー、熱いこった。もっとクールに行こう――」


 エリオがそう言い終える前に、鋼と鋼がぶつかりあう音が響く。

 エリオの攻撃をアインが防いだ。それはいい。だが、その過程は異常だ。両者の距離は10メートルは離れていた。一瞬で踏み込めるような距離ではない。

 しかし、現実にエリオはアインの目前で悠々と剣を弄んでいる。これは一体――。

 戦慄するユウを他所に、エリオは意外そうな顔で言う。


「おお? やるねえ、あんた。大体の奴は今ので致命傷になるんだが」

「魔術師相手に魔道具頼りの戦い方が通じるとでも?」

「へえ、そこまでわかるのか。なら、これが厄介だっていうのもわかるだろ」


 またしてもエリオは、一瞬で間合いを詰める。離れて見ているユウからでも、その動きは線のように滑らかで途切れることなく動いているようにしか見えない。

 アインは背後からの一撃を大きく飛び退いて避け、すぐさま繰り出される攻撃をなんとか剣で防ぐ。反撃を試みるが、その時には間合いを外され届かない。


「ツバキ、あれは一体なんなんだ? どうしてあんな速く動ける?」

「あの剣、風の魔術が掛けておるな。風を纏うことであれだけの高速移動を可能としているのじゃ」

「風の魔術……」


 ユウは、キマイラ戦でラピスが見せた魔術を思い出す。あれと同じ力があの剣が持っているというのか。

 

「接近戦は不利……しかし、魔術を使おうにもアレでは……」


 ツバキの不安を裏付けるように、エレオは切っ先をアインに向けながら言う。


「魔術師は、詠唱しないと魔術を使えない。もっと言うなら、集中が必要ってわけだ」

「……ッ!」


 矢継ぎ早に繰り出される攻撃を剣で捌いていくアイン。大きく剣を弾き、間合いを取ろうとするが、


「これだけの攻撃を防ぎながら、魔術を使う集中が出来るか? 答えはノーだ」


 張り付くように剣を振るうエリオから逃れることは出来ない。紙を振るうような軽さで振るわれる刃が、外套を切り裂いていく。


「……」


 アインは、ボロボロになった外套を脱ぎ捨てエリオを睨む。対するエリオは息も乱さず、傷一つ無い頬を撫でていた。

 追い詰めているのはエリオ。追い詰められているのはアイン。この危機的な状況に、ツバキは一歩踏み出そうとし、


『駄目だツバキ。動くんじゃない』


 ユウに押し留められる。冷静な声の彼に、ツバキは激情にかられる。


『何故じゃ! まさか卑怯などと言うわけではあるまいな!』

『違う。今動けば野盗達も動く。そうなったら、野盗を相手にしながらあの剣を避けることになる』

『……ッ!』


 その意味に気がついたのか、ツバキは唇を噛む。

 相手がエリオ一人だからこそ、集中力をそれだけに向けて避けることは出来ている。しかし、その対象が増えればそれも叶わない。だから、今は彼女を信じて任せるしか無い。


『なんたる無力か……信じるしか出来ないとは……』

『大丈夫だ。アインは、あの剣に気づいていて尚勝負を受けた。勝算はあるはずだ』


 だから、信じているぞ、アイン。

 しかし、ユウの思いも虚しく剣戟は終わりを告げる。剣を絡め取るように繰り出された突きに、アインの剣は宙高く舞い、手の届かぬ位置に突き刺さる。

 剣を弾き飛ばされたアインは、膝をつき肩で荒い息を繰り返していた。エリオは、ゆっくりと焦らすように彼女に近づいていく。


「もう終わりだな。どうする? 命乞いでもするか?」

「一つ……」

「ん?」

「何故……一騎打ちを……希望したのですか……」


 その言葉に、エリオは大声で笑い声をあげる。気怠げだったことを忘れさせるような陽気で狂気じみた笑いだった。


「簡単なこった。部下に手を出させると、俺が斬る分が減ってツマラナイだろ!」

「なるほど……最低の……ゲスですね……」

「その通り! だが、それがなんだ? あんたは死ぬ。つま先から頭までゆっくりと順に刻む。死なない程度の傷を一つ一つ丹念に刻む。泣き喚こうと刻む。刻んで刻んで刻んで刻んで刻み尽くす!」


 そして、エリオは剣を振りかぶる。

 ツバキは飛び出そうとする体を必死に抑えていた。ユウも、目を背けずアインだけを見ていた。

 それは、彼女の死を覚悟したわけではない。


「そうだな、まずはキレイなその顔に傷を入れてみるか!」


 彼女の勝利を、信じているからだった。


「――貴方に褒められても、全然嬉しくありませんね」


 ギィンと、硬質な音が響き、そして水を打ったように静寂が生まれる。誰もが息を忘れ、瞬きすらせずその光景を見つめていた。

 

「なっ――」


 エリオが驚愕の声を上げ、目前の光景を信じられない目で見ていた。それは、この場に居る誰もがそうだった。


「白刃取り……」


 その技を知るユウは、知らず口にしていた。

 アインは、振り下ろされた刃を両手で挟み込むように受け止めている。口にするのは簡単だが、偶然やまぐれで出来る技ではない。そもそも彼女にそんな身体能力はないはずだ。

 その光景に固まっていたツバキは、ハッと何かに気がつき興奮したように叫ぶ。

 

「……! そうか! あやつ、琥珀を飲んだか!」

「知っているのかツバキ!」

「ああ。琥珀は樹脂が地中で固まったもの。つまり、樹と大地両方の力を併せ持つ。その長い年月をかけて蓄えられた力を魔術によって取り込んだのじゃ!」


 戦闘前に口に含んだ飴は、琥珀だったのか。魔術は使えなかったのではなく、既に使っていたのだ。


「そして、その力を纏った肉体は鋼鉄の如く固く、竜の如き力を振るうことが出来る! フクスに伝わる秘奥を、自力で見出すとは……」

「解説ありがとうございます、ツバキ。そして、こうなったからには貴方に勝ち目はありません」

「何をぬかせ……!」


 エリオは、剣を引き抜こうとするが万力に挟まれたようにびくともしない。それどころか、


「せい!」


 刀身は半ばからへし折られ、エリオは引き抜こうとした勢いで尻餅をつく。優劣は、完全に逆転していた。


「息を乱していたのは、膨大な力を取り込むための副作用じゃな。しかし、今は完全にアインと一体化している」


 ツバキの言うとおり、アインは額に汗を流しているものの呼吸はまったく乱れていない。対するエリオは、理解が追いつかず脂汗を流しながら、焦点の定まらない目を彼女に向けていた。

 一歩、アインが踏み出す。それは、運命からは逃れられぬことを宣告する鐘だった。


「刻め刻め刻まれろ刻まれろキザメキザメキザメ!」


 錯乱したエリオは、狂った叫びをあげアインに突っ込む。刃が折れても、纏う風は変わらず速度も落ちない。しかし先程までは、必殺の一撃だったろうそれは、


「ぬるい!」


 あっさりとアインの蹴りに弾き飛ばされ、魔剣はエリオの手から離れていく。剣であり、鎧であったものを失った彼を守るものは何もない。迫る恐怖に顔が歪み、放たれた拳に骨がきしむ。

 

「宝石の偽造! フクスの誇りを傷つけたこと! お気に入りの外套を切り裂いたこと! その全てが度し難い!」


 正拳、肘打ち、裏拳。怒りの篭った拳がエリオの体に突き刺さっていく。防御はおろか声を上げることすらままならず、吊るされた人形のように束ない踊りを踊り続ける。


「そして何よりも――」


 アインは、距離を取り低い姿勢で突っ込む。蹴られた大地が鉄球を落としたようにへこんだ。


「ツバキを傷つけたこと! それが何よりも許せない!」


 膝をつくエリオの片膝を踏み台とし、アインは右膝を顎めがけて突き上げる。集中する魔力によって膝は輝き、その眩さは星のように。そしてそれは、咆哮と共に解き放たれる。


「唸れ、必殺の閃光!」


 放たれた閃光魔術シャイニングウィザードは、エリオの顎を正確に捉え大地に沈める。仰向けに倒れたエリオは、白目を剥いたまま起き上がることはなかった。

 アインは、それを一瞥すると息を吐き天を仰ぐ。そして、周囲を囲む野盗達を目で刺す。


「……まだ、やる気ですか」


 睨まれた野盗達は、悲鳴をあげ次々に武装を放棄していく。ガチャガチャと金属がぶつかる音が連なり響く。

 それが、決着のゴングとなった。

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