第30話 悪党は闇に潜む

アインらがたどり着いた場所は、ゴツゴツとした岩肌が広がる山岳地帯だった。周囲は木組みの壁に囲まれ、その中には打ち棄てられた溶鉱炉、木板で無理やり修繕した石造りの建物が点在している。おそらく過去には鉱山だった場所を、拠点として利用しているのだろう。

 道らしい道は馬車が通ってきた一本しか無く、断崖となった周囲を登ることは困難だ。攻めづらく守りやすい理想的な場所と言える。


「なんだ!? なんでこんなものが!?」

「魔術師だ! 魔術師のやつを呼べえええええ!」


 しかし、それも正面から攻められればの話だ。内部から突如出現した8体のゴーレムに、男たちは混乱極まっていた。慌てて逃げ出すもの、無謀にも立ち向かうもの、へたり込み動けないもの。怒号が飛び交う渦中をアインとツバキは走り抜ける。


「今のうちに。親玉はおそらく洞窟の奥です」


 巨大なゴーレムに意識が割かれアイン達を無視していく男たちとすれ違いながら、二人は洞窟に飛び込む。足元は踏み噛められているお陰で、転ぶ心配は無さそうだ。


「奥、と言ってもかなり広そうじゃが……場所はわかるのか?」

「全ての空間を利用しているわけでは無いでしょう。灯りの配置、土の硬さである程度絞れます」

「ふむ、では後ろは我に任せい」


 先導するアインの背中を守るようにツバキは追従する。途中幾つかの分かれ道があったが、アインの言うとおり灯りが配置された道を進むと、問題なく道は続いていく。

 アインが順調に進んでいくと、不意に外套の裾を掴まれる。振り返ると、ツバキが唇に指を当てていた。 


「前から来よるな。戦うか?」

「倒してもいいですが、ここは避けましょう。外のゴーレムに掛かりきりになれば、その分手薄になります」


 アインとツバキは、薄暗い脇道にしゃがみ込み息を殺す。しばらくすると、足音を響かせながら数人が走り抜けていった。その背中が遠ざかるの確認し、再び走り出そうとしたところ、


「待て、こちらからも人の気配がする」


 ツバキが指差したのは、二人が隠れた脇道のさらに先。灯りこそ無いが、地面は踏み固められている。人が行き来するが、灯りを配置しないということは、灯りを自ら生み出せるということ。つまり、


「さっき、魔術師を呼べと叫んでいる奴がいました。魔術師の部屋か工房があるかもしれません」

「偽宝石を作るなら、魔術師はいるじゃろな。ただの詐欺師にあれが作れるとは思えん」

「加勢されると面倒ですし、今のうちに潰しましょう。何か聞き出せるかもしれませんし」


 アインは、手元に魔力の灯りを浮かべ闇の中を進んでいく。終点は思いの外早く、待ち受ける木製のドアに手を掛け、ゆっくりと押す。

 

「むっ……」


 しかし、ドアはわずかに動くとすぐに重い手応えに変わり、それ以上動かすことが出来ない。出来た隙間を覗くと、テーブルや椅子らしきものが見えた。どうやらバリケートが築かれているようだ。


「だ、誰だ! こっちに来るんじゃあない! き、来たらどうなるかわからないぞ!」


 ドア越しに男の怯えた声が届く。この部屋の主のようだが、何故隠れているのか。ユウは、焦った風を装い呼びかける。


「落ち着け! 俺は仲間だ! 外でゴーレムが暴れている! 手伝ってくれ!」

「断る! そもそも私は戦闘が出来ない魔術師だと言っただろう! 宝石を作るだけという契約だったはずだ!」

「やはり、魔術師の部屋でしたか」


 そう言ってアインは、ツバキに下がるよう指示を出すと地面に手をつき詠唱を始める。


「唸れ、巨人の右腕」


 地面から生まれた土の右腕は、強烈なストレートをドアに向かって叩き込む。ドアは大きくひしゃげながらバリケードごと部屋の端まで吹き飛ばす。魔術師の悲鳴を聞き流し、アインは悠々と部屋に入る。


「知っていることは洗いざらい吐いてください。返答次第では命までは取りません」


 部屋の隅でガタガタと震える魔術師に、アインは淡々と告げる。その様子を見て、ツバキはコソコソとユウに喋りかける。


「此奴、いつもこんななのか?」

「大体。どうでもいい相手にはかなり冷たくなる。だから銀色の死神とか呼ばれるんだろうな」

「銀色の死神! かかかっ! なんじゃそのイケイケなあざなは!」

「外野! うるさいですよ!」


 顔を赤くしたアインが八つ当たり気味に放たれた光球は、魔術師の頬をかすめ壁を抉る。怯えきった魔術師は、必死に両手を挙げて降伏の意思を示した。


「言う、言うからやめてくれ! 私は雇われただけなんだ!」

「雇われた……偽宝石を作るためですか?」

「そ、そうだ……。ここにいる奴らは元々野盗だったんだが、奪うだけではいつか限界が来る。それに気がついたリーダー――エリオは宝石を密造することを考えた。簡単だったよ、どいつもこいつも本物の宝石なんて知らないからあっさりと騙される。ルビーのクズを寄せ集めて再構成した安物をお得だと買い漁る趣味の悪い金持ちには笑ってしまったさ」


 ニヤついた笑みを浮かべる魔術師だったが、


「なるほど。では、私は趣味の悪くなった貴方の顔で笑いましょう」


 突きつけられた冷たい言葉と光球にさっと顔色を無くす。助けを求めるような視線をツバキにやるが、


「それでフクスの名を騙るか。度し難い愚か者め。構わん、やってしまえ」


 逆に焚き付けられ、絶望に顔を歪めた男は懺悔するよう地面に額を擦り付け喚く。


「あいつからの命令だったんだ! 金が欲しかったんだ! 研究には必要で……それでつい従ってしまったんだ!」


 今にも光球を顔面に向けて撃ち出そうとするアイン。怒りを湛えて静観するツバキ。それに割って入ったのはユウだった。


「待て、命令って誰からされたんだ。首謀者はエリオって奴じゃないのか?」


 あいつからの命令、というのは雇われた男が言うには少し不自然だ。雇われたのなら、その行為には同意していたはず。しかし、命令という言葉からは強制的なニュアンスが感じられる。


「だ、誰がしゃべ……?」

「いいから答えなさい。拒否権はありません」

「ひぃ!? あ、あいつだ! あいつから命令されたんだ!」

「あいつではわかりません。名前を言ってください」

「れ、レプ――」


 魔術師がその名を口にしようとした瞬間、アインの首筋に冷たい風が吹き抜ける。それは、死の気配だ。それに突き動かされたアインは、ツバキを抱きかかえ横に跳ぶ。

 何かが風を切った音。次いで肉を穿つ音が耳に届く。抱えられたツバキは顔を上げ、


「ひっ!?」


 小さな悲鳴を上げる。その視線の先に会ったものは、喉元から吹き出る鮮血と突き刺さる矢を虚ろな目で見る魔術師だった。その認識を上書きするように第2の矢が額を穿つ。首をだらりと下げるそれからは、命は失われていた。


「困るな、まったく困る」


 場に似つかわしくない軽い声が、ドアの先の闇から聞こえた。足音はゆっくりと近づいてくると、本体が闇から姿を現す。


「情報は秘匿する義務があるんだっての、ねえ?」


 魔術師の命を奪ったボウガンを片手に、気だるそうな顔の男はそう言った。

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