第5話 初めての依頼・交渉編
「ご注文は?」
「スープとパンのセットにチキンソテー。食後に紅茶とアップルパイを」
街についたアインは、真っ先に食堂に直行する。そして、端の席につくなりメニューを眺め、数秒で注文を決定した。
「お前、そんなに食べるのか?」
店員が厨房に戻るのを見てから、ユウは話しかける。
店内は、昼時のためかなり賑わっている。そのお陰で、二人は直接声に出して会話することが出来る。触れてさえいれば、声を介さない会話は可能だが、片手が塞がるし何より落ち着かない。
「旅の基本は食べれるときに食べることです。体力勝負ですから」
「さいですか」
毅然とした表情で答えるアインに、ユウは少し呆れ気味に答える。農夫相手に全力で警戒していたのと同一人物とは思えないほどに彼女は堂々としていた。
ああそうだ、とユウは思い出したように言う。
「さっきの話の続き。どうして魔術があるのに機械が発展するんだ?」
「そうですね……簡単に言えば、魔術師が嫌われたからですね」
「嫌われた?」
「魔術の成り立ちについては、長くなるのでまたの機会にするとして……。まず、魔術は『出来る』か『出来ない』の2つです。持つ者と持たざる者は、残酷なまでにはっきりと別れています」
魔術は、完全に才能の世界。生まれつき魔術を振るうことが出来る者もいれば、どれだけの時間を費やそうと基礎すらままならない者もいる。その差は、圧倒的だった。
「高精度の金属加工も、今では道具と技術さえあれば誰でも出来るようになりましたが、それ以前は魔術師たちの才能が独占する分野でした。戦場では歩兵数十人分ともいわれる戦力となり、魔術師無しでは国を発展させることは不可能とまで言われました」
そして、それは魔術師たちに特権意識を生み出すことになった。
「それを、鼻にかけていたってことか?」
「はい。魔術が成立したことで、それ以前よりも効率よく作業が行われるようになったのは事実です。それに驕った魔術師たちは、持たざる者の力を甘く見た」
あいつら程度に、選ばれた私たちが負けるはずがない。技術が才能を上回ることはあり得ない、と。
そもそも魔術自体が才能を技術にしたものなんですけどね。どこか呆れたようにアインは呟く。
「しかし、現実はその逆でした。魔術師無しでも生きていくことを彼らは選び、そして成し遂げた。魔力に頼らない機械を作り出し、大きく社会を発展させた」
そうなって、魔術師たちは危機を感じた。このままでは、魔術が不要なものと扱われ、自分たちの立場が危うくなる。これまでの研究成果も全て無意味なものとなってしまう。社会の中で生き残るには、生き方を変える必要がある。
そして、選択したのが社会基盤を管理・生産する立場となることだった。
「こうして現在では、魔術師たちは下水道や街道の高度整備、生活をより豊かにするための道具の開発、過去の知慧の発掘などを生業とするようになりました。しかし、未だ特権意識を引きずるものたちは、こういった姿勢を否定する者もいます」
道具を作るということは、自分たちが蔑んだものに奉仕することにならない。それを良しとせず、俗世に関わるべきではないと主張するものも一定数存在する。
なるほどな、と説明を聞き終えたユウは納得したように呟く。
「それで『一応』なのか」
「はい。実際全ての知識を社会に還元しているわけではありませんから。技術で再現されないよう公にしていない魔術もあるという噂ですよ」
「魔術師も結構生臭い事情があるんだな……」
公共の利益よりも、自分たちの利権を守るために知識や技術の独占を行う。どこの世界でもありがちなことらしい。
「まあ、私みたいな流れ者には関係ありませんけどね」
話終えると同時に、店員が注文したものをテーブルに運んでくる。
湯気の立つスープにチキンソテー、ふんわりと焼き上げられた輪切りパン。現代人のユウから見ても、美味しそうだと思う出来栄えだった。
「結構いいもの食べてるんだな」
「これも技術発展の成果です。魔術が無くともパンは焼けるのです」
食事を前に何故か誇らしげにしているアインは、頂きます、と呟きスープを掬う。それを口に運ぼうとし、
「もし、旅の方をお見受けましますが」
不意に掛けられた声に、アインは体をびくりと震わせ、ユウに手を伸ばす。そして、フードから覗く険しい目つきで一言、
「……なに」
ただ単にいきなり話しかけられて動揺しているだけなのだが、話しかけた男性は、そうは思わなかった。後ずさって、話しかけた相手を間違えたと言わんばかりの反応をする。
「ああ、その……少し、話をと……」
「……」
無言のまま睨み続けるアイン。彼女の手に触れているユウは、動揺を抑えようとしているのだとわかるが、知らなければ威嚇しているようにしか思えないだろう。
しかし、ここまで酷いとは思わなかった。とにかく、まずはこの場を治めなくては。
「失礼、仰る通り私は旅人です。旅をしていると警戒心がどうしても働いてしまって」
ユウは、アインの声で喋りつつ、表情を和らげるよう彼女に指示を飛ばす。
アインは、それを受けなんとか『警戒心を解いた旅人』レベルにまで表情を作る。
そのお陰で男性は、安心してくれたらしく後ずさった体勢を元に戻す。座っても、と尋ねる男性にユウは、どうぞと答える。
「私は、ユウ……じゃなくて、アイン=ナットです」
「私は、ムンドと申します。失礼ですが、一人で旅をしているのですか?」
「ええ、そうです」
「ということは、腕に自信があるかとお見受けしてもよろしいですか?」
「一応、魔術師ですので」
「魔術師……ですか」
魔術師、という言葉を聞いたムンドは、複雑な表情をする。期待通りの人物であった、嫌な相手にあたってしまった、というそれぞれ半分ずつという感じだ。
「失礼。最近、デス・ウルフと呼ばれる野盗集団が活動していることは知っていますか?」
「いえ、ついさっきここに来たばかりで。どんな連中なんですか?」
「よくいる野盗なのですが……その首領が魔術師だという噂があるのです。被害者曰く『杖の先から火を噴いた』とか」
「……魔術師が野盗に」
そういうことはあるのか、と尋ねるユウ。割りと、と短い答えが返ってきた。
「そこで依頼なのですが、私は周辺の農村とこの街の間で輸送を行っています。それを護衛して頂きたいのです」
「護衛、ですか」
「はい、報酬は1万リルほどで如何でしょう?」
そう言われても、ユウには貨幣価値がわからない。返答に迷っていると、期間を訊いて欲しい、とアイン。
「期間はどのくらいでしょうか」
ユウは、彼女に言われたとおり尋ねる。ムンドの返答は、
「約5日間、でしょうか。天候次第ですが、大きくは変わりません」
少ないのか、とユウが尋ねると、妥当ですという答え。しかし、その割に彼女の表情は微妙だ。
報酬は悪くないが、5日間拘束されるのは好ましくない。しかし、路銀は必要だ。表情はそう語っていた。
その空気を察したのか、ムンドは腕を組んで言う。
「野盗が退治されるのが一番なんですが……魔術師たちも憲兵も手こずっているようで……」
「魔術師にも頼んだのですか?」
「ええ……ですが、あいつらは自分たちの研究以外興味が無いようで……。成果が上がっとらんのです」
ため息をつくムンド。先程の表情は、アインが魔術師だから、また断られるのではないかと思ったのが原因のようだ。
「……もし」
不意に発せられた声は、アインのものだった。しかし、ユウは何も喋っていない。アイン自身が、自身の意思で喋っている。
任せきりだった会話に入ってきた彼女は、大きく息を吸って短い言葉を紡ぐ。
「報酬は出せる?」
「はっ?」
意図のわからない言葉に、ムンドは何か聴き逃したのかと怪訝な顔をする。
意図が伝わらなかったことに焦り、テーブルの下で汗ばんだ手を握りしめる彼女に、ユウは、
『……主語をちゃんと入れろ。何を、どうしたら、どうなるかを言わないと会話は成り立たないぞ』
と呆れ気味のアドバイスを送るが、
『だ、駄目です……私の心は今折れました……。あの目に耐えられません……』
『変なこと言ったとは思われてないから安心しろ。ほら、せめて要求を伝えてくれ。会話が思いつかないなら俺が考えた通り喋ればいい』
『は……はい……』
黙りこくったアインに、ムンドが声をかけるべきか決心しようとしたタイミングで、
『盗賊を退治したのなら、その報酬は出せますか? はい』
「退治したなら……報酬は、出せる? ……野盗を」
「ん……ああ、それはもちろん。私以外にも、喜んで支払うでしょう」
なんとか意味が伝わる程度の会話を成立させることに成功する。何故、たかが会話でここまで体力を使わねばならないのか、とユウが頭を痛めるのを他所に、
『……出来ました。これは勲章ものですよ』
アインは達成感に打ち震えていた。このくらいで勲章を貰っていたら飾るスペースのほうが無くなるわ、というユウの突っ込みも聞いていない。
どうやって旅を続けていたのか本当に気になってきたが、今は目の前の人物とのコミニュケーションを優先しよう。
「では、護衛ではなく、原因の根本を断ちます。その場合の支払いは?」
「野盗を退治してくれると……?」
「ええ、その通りです」
自信満々に言い切るユウだが、内心かなり不安だった。何しろ自分は喋るしか出来ない。戦えるのは少女で、今は浮かれて話を聞いているのかも怪しい。フードで表情が見づらいのが幸いだ。
ただ、出来るというのだから出来るのだろう。なんにせよ今日まで旅を続けられたのだから、それだけの力はあるはずだ。
「本当ですか!? それはありがたい! でしたら、私からは5万リル。他の商店からはさらに5万を支払いましょう」
妥当と言った金額の10倍。ということは、かなりの大金のはず。ユウはそう判断する。
「わかりました。お受けします」
「おお、ありがとうございます! 期待しておりますぞ!」
ぱっと明るい顔になったムンドは、感謝の意を示すために両手を差し出す。しかし、アインは、
『やりきりましたね……これはご飯が美味しいです……』
まだ達成感から抜けきっておらず、差し出された手に気がついていない。
「……その、何かご不満でも」
「ああいえ、何しろこの手はこれから血で汚れる手。そんな手を触れさせるのは、あなたのためにならないと思いましてハハハ」
他人の口で無ければとても言えないクサイ台詞でユウは誤魔化す。ムンドは、面食らったようだが、一応納得してくれたようだ。
「では、野盗達について詳しく……」
本当に大丈夫なのか? 彼の心配を他所に、話は着々と進んでいった。
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