第4話 街を目指して

先程までいた森は、街道の脇にあったようで、反対側にはなだらかな平原が広がっていた。自動車も電柱もなく、代わりに馬車が走る風景に、改めて異世界にいるのだとユウは実感する。


『どこへ行くんだ?』


 石畳の道を歩くアインに、ユウは話しかける。しかし、彼の声は聞こえない。


「直接喋っていいですよ。すぐに通り過ぎていきますから」

「そうか。じゃあ、人がいるとき以外は喋らせてもらおう」


 アインが、ユウに触れている間は声を介さず、思考による会話が出来る。

 ユウがアインに代わりに喋ると言っても、この世界の知識に乏しい彼がどうやって会話をするのかという問題があったが、この能力によって解決した。


「とりあえず、向こうにあるロッソの街に向かいます。そこで休みましょう」


 アインが指差した先には、うっすらと壁のようなものが見える。おそらく城壁なのだろう。


「ところで、何か当てがあるがあって旅をしているのか?」


 アインの正確な年齢は聞いていないが、おそらく未成年だろう。そんな年齢で一人旅をする理由は、家出をしたとか、修行の旅の最中だとか、それくらいだろうか。

 しかし、彼女は首をふって否定する。


「とくには……旅自体が目的みたいなものです」

「ふぅん? それはまたどうして?」

「……これくらいしか出来そうなことがなかったからです」


 アインは、気落ちしたように呟く。その意味を尋ねようとするユウだったが、


「ロッソには、魔術協会もありますし、仕事には困らないでしょう」


 話題を切り替えられ、タイミングを逃す。それに、気になる単語もあった。


「魔術協会ってなんだ?」

「その名の通り、魔術師たちの結社です。魔術の研究や遺跡の管理・調査を行っています」

「研究はともかく、遺跡の管理……ってどういうことだ?」

「先程話しましたが、魔術が生まれたのは今から1700年ほど前からです」

「魔歴……だっけ」


 魔術が誕生してからの紀年。そう彼女は説明していた。

 アインは頷き、説明を続ける。


「はい、その歴史の中で、様々な魔術や魔道具が生まれました」


 魔道具というのは、モノ自体に魔術が組み込まれたものです。アインは補足する。


「魔道具は、魔術が使えない人であっても扱えるものが大半です。そして、過去に作られた魔道具は、倫理観や危険を度外視して作られたものも多い。そういったものが眠っている遺跡を好き勝手に荒らされると、非常に危険です」

「それが悪用されないために魔術協会が管理してるってわけか」

「そういうことです。もっとも、魔術師だけではとても手がまわらないので、協会直々に管理指定されているのは、余程大規模なものに限りますが」

「それ以外はどうしているんだ?」

「冒険者や発掘人に任せ、その成果物を買い取ることが多いようです」

「業務委託ってやつか」

「そんなところです。そして、研究から得られたものを民衆に還元する、というのが一応の理念です」


 含みのある言い方をするアイン。その横を、全身鎧に包まれた馬に引かれた馬車が通り過ぎていく。馬の動きは、どことなく機械的だった。

 アインは、通りすぎていった馬を示し言う。


「あの馬も、中身は空で鎧だけで動くリビングメイルです。一種の魔道具ということですね」

「中身が空……? それでどうやって動くんだ?」

「はい、鎧に付けられた宝石に魔力が溜められ、それを動力源として動いています。エサ代も要らないし、病気の心配もない。融通は聞きませんが、単純な運搬には十分な性能です」

「すごいな……」


 ユウは、驚いた声をもらす。ある意味では、燃料が魔力というだけで自動車と変わらない。自分が思っていたよりも、この世界の文明は発達しているのかもしれない。

 そう言うと、アインは少し得意げな表情になる。


「魔術は、大きくインフラの発展に寄与しました。大きめの街なら下水道も整備されています」

「魔術って凄いんだな……。それなら、機械なんてないのか?」

「機械はありますよ。むしろ近年増えてきています」

「魔術があるのに?」


 今聞いた話では、魔術はかなり役立っているようだし、わざわざ機械を発明する必要はなさそうだが。

 ユウの疑問に、アインは、


「色々と事情があるんですよ。……少し喋り疲れたので、その話は後でしましょう」


 そう言って、少し歩を早める。

 目の前には、円形の城壁がはっきりと見え始めていた。

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