第7話 初めての依頼・実戦編
「あれが野盗か……?」
「他の者は、洞窟にいるようですね」
アインが言うとおり、野盗たちのすぐ側に洞窟の入口があった。つまり、最低でも二人は洞窟の中に潜んでいることになる。
「首領を狙いましょう。頭を潰してしまえば、後は烏合の衆です」
「けど、それらしいやつはいないぞ」
こういった組織の首領は、自身の権力と力関係をはっきりさせるために、部下とはランクの違う格好をすることが多い。しかし、8人の男たちは、揃いも揃って悪人面をしているが、全員が同じような格好だった。
「見当たらないなら、雑魚から先に片付けましょう」
「どうやって?」
「こうやって、です」
アインは、地面に落ちていた石を取り、種を植えるように地面に埋める。そして、両手を地面に付き、
「土の巨人……その巨体、顕現せよ……」
何かを唱えると、地面に一瞬青白い閃光が走る。
ユウが、何をしたのかと尋ねようとしたとき、
「なっ……あぁ……?」
目の前の地面が盛り上がり、視界を遮るように壁が高く伸びていく。立ち上がったアインよりも高く、その数倍にまで伸びていく。
いや、違う。これは、壁じゃない。
再び視界が開いたとき、ユウは壁の正体に気がつく。
これは、
「行って、ゴーレム」
巨大な人型だ。 自分が見ているのは、巨人の足の間からの景色だ。
ユウが唖然としている間、命令を受けたゴーレムは、ゆっくりとした動作で大木のように太い腕を振り上げ、そして勢い任せに振り下ろす。
静かな森には似つかわしくない轟音が辺りに響いた。
「おおああああああ!?」
「なんだっ!?」
「あっちぃ!?」
突然の巨人の襲来に野盗たちは、怒号を上げることしか出来ず、蜘蛛の子を散らすように転がっていく。叩きつけられた腕の衝撃に、何人かは吹き飛ばされた大地や木に激突する。
「そのまま暴れて」
立ち直り武器を手にした野盗は、弧を描くように振るわれる手刀によってあっけなく倒れ、そのまま動かなくなる。
「この野郎が!」
一人の野盗が剣をゴーレムの脚に突き立てるが、ゴーレムがダメージを受けた様子はなく、
「なっ……あっ、うわあああああああ!」
野盗はつまみ上げられ、放られたボールのように宙を舞う。悲鳴は遠ざかっていき、そして聞こえなくなった。
「これが……魔術……」
圧倒的な力を振るうゴーレムを前にして、ユウは、独りごちる。
確かに、これだけの力があれば歩兵数十人以上の戦力となる。5メートルはあるゴーレムには、刃は届かず、仮に届いたとしても蚊に刺されたようなものだろう。アインの自信は、本物だったのだ。
このままアインの圧倒的優勢で決着がつく。ユウは、そう思っていた。
しかし、
「……ッ!」
オレンジ色の閃光が、尾を引きながらゴーレムの右腕に直撃する。同時に爆裂音が響き、遅れて重いものが落ちた音が続く。
「今のは……!?」
あれほどの無双を誇っていた右腕は、大地に落下し形を失いただの土塊へと戻っていた。原因となった閃光は、洞窟の中から飛来した。洞窟に残っている者は、つまり、
「こりゃあ何の騒ぎだぁ……? こんな夜によぉ!」
狼の頭を模した被り物、他の野盗よりも豪奢な服、先端に赤い宝石が付けられた杖。間違いなく、野盗の首領――ウルフだ。
「大人しく寝てる時間だろ、なぁ!」
ウルフは叫び、杖をゴーレムに向ける。瞬間、再び閃光が走り今度は左足に直撃する。バランスを失ったゴーレムは、ゆっくりとその巨体を倒し、土塊に還っていく。
「アイン、あれも魔術なのか!?」
「いえ、あれは魔道具です」
魔道具。昼に聞いた覚えがある。モノ自体に魔術が組み込まれている道具。そして、どんな者でも扱える故に危険だと。
「魔術は、魔力を代償に星に呼びかけ力を発現するものです。魔道具は、『呼びかけ』を文字として宝石などに組み込むことで、魔力さえあれば簡単に発現出来るようにしたものです」
魔術が火打ち石での火起こし、魔道具がライターでの火起こしですね。ウルフを前に淡々と説明を続けるアイン。
「わかった! いや、よくはわからんがわかった! 俺が今知りたいのは、この状況をどうするかってことだ! さっきの光は間違いなく危険だ!」
焦る様子のない彼女に、逆にユウは焦っていた。ゴーレムの腕を吹き飛ばした威力を見るに、人体に直撃すればどうなるかは想像するまでもない。
なのに、どうしてこんなに冷静でいられる?
「なんだ、もう一人誰か居るのか? まあ、関係ないよなぁ」
ウルフは、にやついた笑いを浮かべながら杖を向け、叫ぶ。
「どうせ死ぬんだからよお!」
瞬間、杖先から閃光が放たれる。
アインは、その場から飛び退き、木と木の間を走り続ける。途切れなく放たれ続ける閃光は、盾にした木をえぐり、絶え間ない爆発を起していく。
「あんなに速く撃てるものなのか!?」
「ワンアクションというのが魔道具の利点ですから。通常の魔術は詠唱のラグがあるため、速射性では勝てません」
間近で起こった爆発に怯むこと無く、走り続けながらアインは答える。
「逃げるだけか魔術師さんよぉ! お前らは鼠みたいに引きこもっているのがお似合いだ!」
爆風に混ざり嘲笑うウルフの声が届く。
「……私を馬鹿にするのはいいでしょう」
その声は、首領には聞こえない大きさだった。それを聞いたのは、ユウだけだ。
「……!」
無いはずの背筋が震えた。寒気を覚えたのは、飛び交う閃光が原因ではない。そんなものは、もはやロケット花火くらいしか感じられない。
「あの人まで馬鹿にされるのは、イラッとしました」
言葉は軽いが、確かな怒気を孕んだ言葉を吐き出すアイン。農夫に話しかけられただけで怯んでいた少女とは誰も思うまい。ユウが別人かと思うほどに冷たく、鋭い怒りはウルフに突きつけられていた。
「ユウさん、量で勝る魔道具に魔術で勝つ方法、わかりますか」
唐突に話を振られたユウは、困惑しながらも答える。
「えっ……不意打ちして一撃で倒すとか?」
「それもアリですが、今は不正解です」
じゃあ、なんだとユウが言う前にアインは、
「正解は――」
首領の正面に、まっすぐに、飛び出していた。
予期せぬ――本人以外誰も予期しなかった行動に、ユウは言葉を失う。首領も一瞬動揺したが、すぐに照準をアインへと向ける。
ユウが、何をしていると叫ぶのと、閃光が放たれるのは同時だった。
「『質と量で圧倒する』です」
瞬間、昼かと見紛う程の光が生まれた。周囲の闇を切り裂き、目が眩むほどの光の中でユウは見た。
発生源は、アインが掲げた右手だ。青白い光球が手の平に収まっている。見かけは明かりに使った光球と似ていたが、感じられるプレッシャーは段違いだった。明かりに使ったものがランタンなら、これは焼却炉だ。
「シュート!」
アインは叫び、掲げた右手を振り抜く。光球は、数十にも及ぶ礫へと分かれ、オレンジ色の閃光を飲み込み、流星群のような光の尾を引きながら突き進む。
「……ッア!」
流星群は、首領に降り注ぎ、声にならない悲鳴をかき消す。まともに食らった首領は、勢いそのままに木に貼り付けられたように叩きつけられ、そのまま起き上がることはなかった。
アインは、倒れたウルフを一瞥し、息があることを確認するとつまらなそうに言い捨てる。
「……ふん。いい気味です」
そう言って、ユウの柄を軽く叩くと少し誇らしげな表情をする。
「私の実力、わかりましたか?」
それが自分に向けられた言葉だと、彼が気がつくには数秒必要だった。
「あ、ああ……なんというか、すごいな……」
非現実的な出来事を前にして、言えるのは子供のような感想だけだったが、彼女は、満足げに鼻を鳴らした。
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