第91話 思い出は明日に

ゲルプからオストゥに戻ったアインは真っ直ぐに宿を目指す。空はすっかり夕暮れに染まっていた。

 店に入るなり彼女は、気に乗らない様子で店の掃除をしていた店主に厨房を貸してほしいと頼む。


「構わないが……何をする気だ?」

「もちろん、料理です」


 アインは背中のザックから紙袋を取り出し、厨房に向かおうとしたところを、


「おいおい、貸すのはいいがその外套は脱いでくれ。キッチンは清潔じゃないといけないんだ」

「っと、それは失礼しました」


 外套と荷物を適当な椅子に置き、ついでに上着も脱ぐ。その間に何処かへ行っていた店主が戻ってくる。


「ほら、使ってないエプロンがあるからそれを使え」

「すいません、何から何ま――」


 放り投げられたエプロンを受け取ったアインの顔が固まる。ぎこちない動作でエプロンを顔を上げ、店主に訊ねる。


「あ、あの。これは……」

「んっ? それは確か……ラシーヌから贈られたんだよ。どう見ても酔っ払っていたが、捨てるに捨てられなくてな。まあ、お前さんなら似合うだろうさ」

「は、はは……」


 ピンク色のエプロンを手にしたアインは乾いた笑いをあげるしか出来ない。

 着るのか。着るのか、これを。ピンク一色で作られたこれを。


『なんでもいいけど早くしろ。今日中に解決するって言ったのはお前だろ』


 葛藤するアインの気も知らず――いや、知っていながらからかっているユウに、


『ぐっ……わかってますよ』


 唇を尖らせながらエプロンを身に着けるアイン。

 お世辞にも似合っていないが、彼女の責任ではないだろう。この年齡で似合う人物が稀だ。


 羞恥を振り払うためか、彼女は足早に厨房に向かうと乱暴に手を洗う。手を拭いて、鍋、ボウル、すりこぎ棒、包丁をキッチンに並べていき、紙袋の中身を取り出していく。

 紙袋から出てきたものは、まるまると肥えた甘芋が幾つかと封をされた小さな紙袋だった。


「まずは、お湯を沸かしてくれ。その間に芋を切って皮を剥くんだ」

「了解です」


 ユウの指示に従ってアインは水を入れた鍋をコンロにかける。ここのコンロは魔術やガスによる発熱ではなく、薪を使用するものだった。

 火が灯ったことを確認したアインは、続いて甘芋を輪切りにしていく。


「なんだ、ちゃんと出来てるじゃないか」


 その手際を見て、ユウは意外そうに言う。

 料理は得意ではないと言っていたが、手つきは危なっかしくはない。"猫の手"も出来ているし、刃物に対する注意も怠っていない。


「一応、教えてもらったので」


 切り終えたアインは、次に甘芋の皮を剥いていく。

 ゴツゴツした表面は包丁を剥いていくのは技術がいる。それが無い彼女は、その分慎重に刃を進めていく。


「教えてもらったって、両親に?」

「いえ、ラピスです」

「ラピス?」


 一つ剥き終えたアインは息を吐き、次の芋に手を伸ばす。


「ええ。魔術を学んでいた時は寮というか、寄宿舎で一人暮らしをしていたのです。その時にラピスから『出来たほうが役に立つから』と」

「ふぅん。けど、それなのに料理は不得意なのか?」

「数回で打ち切られてしまって……なので基本的なことしかわかりません」

「そりゃまたなんで? 何か怒らせたのか?」

「さあ……ああけど、『自分で作った料理は美味しいでしょう?』と訊かれたので『ラピスが作ったものの方が美味しいですよ』と答えたら、怒ってしまったような」

「……それからラピスが何か作ってくれることは増えた?」


 疲れた声でユウが言うと、アインは驚いた声をあげる。


「その通りです。どうしてわかったんですか?」

「……まあ、なんとなくだよ」


 これだけ好意を示されて相応しくないだの理由で去られてしまったなら、そりゃあ彼女も怒るというものだ。

 アインとしては、好意を示されるほどコンプレックスが刺激されてしまったのかもしれないが、それがわかるはずもない。

 適当に答えつつ、内心ラピスに同情するユウだった。


 その後は皮を剥くアインの邪魔をしないためユウは黙り、彼女も黙々と皮を剥き続けた。

 最後の芋を剥き終えた彼女は緊張していた指を解すように揉む。


「お疲れ。芋が煮えるまでは休憩だ」

「わかりました」


 アインは、既に沸騰していた鍋の中に芋を放り込んでいく。煮立ったお湯の中に淡黄色の実が浸かる。後は数分待てばいい。

 その間することが無いアインは、ユウに喋りかける。


「けど、上手くいくでしょうか。」

「そう願うしか無いな。ただ、今度は話くらい聞いてくれるはずだ。こっちはどうしてジャガイモ警察を作ったのか、甘芋に拘る理由もわかっている」

「そこを突けば、あるいは?」

「それとコイツだな」


 ユウは芋を煮込んでいる鍋を見やりながら言う。


「美味いものを食べれば口も軽くなるし、譲歩しようって気も生まれる。自分のために作ったと言われれば断りづらくもなるはずだ」

「なるほど……そんなことを考えていたんですね」

「……逆に何のためだと思ってたんだ?」

「私に美味しいものを食べさせて気合を入れてくれるのかと」

「……その前向きさは見習いたい」

「どうぞ。ああ、そろそろ煮えましたね」


 アインは鍋をコンロから降ろし、煮えた芋をボウルに移していく。すべて移し終えたところで、


「次はすりこぎ棒で芋を潰してくれ。粒っぽさが無くなるまでだ。火傷しないようにな」


 ユウの指示通りにアインはすりこぎ棒で芋を潰していく。

 全体を大雑把に潰した所で、紙袋の封を切る。中身は真っ白い粉だった。


「カタクリコ……でしたっけ。コーンスターチと似ていますが、別物なんですね」

「似てるけどな。片栗粉はジャガイモから作るし、風味もコーンスターチとは違う……らしい」


 これはブラットに頼んで作ってもらったものだ。

 コーンスターチでも代用は効くだろうが、何分ユウも料理は知識だけのものが多いため、出来る限り同じ材料を使いたかったのだ。

 今回の料理も、小学生の時の朧気な記憶と他の調理知識の合わせ技だ。動かす手もないため、上手くいくかはアインの手にかかっている。


「甘芋も分けてもらいましたし、無事に解決したら報告と一緒に御礼も言いに行かないといけませんね」

「そうだな。随分と世話になってしまった」


 潰された芋に覆いかぶさる片栗粉を眺めながらユウは言う。

 曖昧な知識によるたどたどしい説明だったが、ブラットは黙って話を聞いてくれ、見事に応えてくれた。

 これには、彼が言っていた通り笑い話を持ち寄って応えるとしよう。


「その通りです……塩と水はこれくらいでいいですか?」

「ん、大丈夫だ。よく混ぜたら、コロッケを作るみたいに丸めてくれ」

「はいはいっと」


 気分が乗ってきたのか鼻歌交じりにボウルをかき回していく。片栗粉と水と芋が混ざりあい、よりペーストに近づいたそれを食べやすい大きさにちぎり、丸める。

 丸めたそれを、バターを敷いて熱したフライパンに乗せていく。


「いい匂いですね……」


 バターと芋が焼ける香ばしい匂いにアインは目を細める。

 後は中火を保って、焼き色がついたらひっくり返すようにとユウが言うと、彼女はじっと焼ける芋を眺めて呟く。


「これ、強火にしたらもっと早く食べられるのでは?」


 真剣な表情で呟く彼女に、ユウは溜息混じりに答える。


「弱火で3分も強火で1分も結果は同じ、って考え方は失敗への第一歩だから覚えておけ」


 そうですか、とアインは残念そうに答えて、じっと芋が焼きあがるのを見つめていた。





 右手に銀色のクロッシュを乗せたトレイを持ったアインは、左手でドアをノックする。

 足音がこちらに近づき、ドアが開かれ――閉じられそうになったドアにアインはブーツをねじ込みつっかえにしながら叫ぶ。


「待ってください! 話を聞いてください!」

「必要ないと言っただろう! 帰れ!」

「そうは……いきません……!」


 歯を食いしばり、閉じられるドアを左手だけで必死に抑える。

 まったく、話すのが苦手な自分がこんな必死に対話を求める日が来ようとは――!


 ユウも声を借りて叫ぶ。


「ジャガイモの不作の原因がわかったんです! 一度話を聞いてください!」

「いらぬ! そんなことはどうだっていい!」

「これは村の未来にも関わることでしょう!」

「……ッ! だから何だというのだ!」

「『子どもの我儘を押し通した男』として記憶されて満足なんですか!」


 突然ドアを閉めようとした力が弱まり、開こうとしていたアインは転びかけるがなんとか姿勢を保つ。 

 ドアが開かれたことで、今まで隠されていた村長の姿が顕になった。


 2メートルを超えた体格は、年を感じさせながらも老いているとは思えない筋肉を纏っている。ガッシリとした両腕両足は丸太のように太く、逞しい。

 髭をたくわえた精悍な顔つきも、これまでの重ねた年月を感じさせる深さがあった。


「……」


 だが、今は癇癪の原因を指摘された子どものように目が伏せられていた。

 アインはユウと目配すると、


「お願いです、話を聞いてください。私たちは貴方の名誉を傷つけるつもりはありません。良い結末を迎えたいだけです」


 お願いしますともう一度言って頭を下げる。

 彼女が緊張感から震え始めた時、


「……わかった。入ってくれ」


 静かに、諦観するような声にアインは顔を上げ、


「……ありがとうございます」


 そう言って、村長の家に入る。

 一人暮らしには広いリビングには、3人がけのテーブルと椅子が置かれていた。

 壁に掛けられた鹿の頭の剥製や棚、絨毯のあらゆる家具は年季が重ねられているようで、色が落ちてしまっているものも多い。

 アインはくすんだ色をした木製の椅子を引いて席に着く。その反対側には、村長が席に着いた。


「……」


 目を伏せる彼には、先程の荒れた波のような強さは感じられない。凪いだ海のように静まってしまっている。

 いきなり核心を突きすぎてしまったかもしれないと、バツが悪いユウだったが、だからこそ引けないと決意を改める。 


『アイン、後は俺がやる。上手く合わせてくれ』

『は、はい……』


 アインは静かに息を整えると、トレイをテーブルに置きクロッシュを取り払う。


「何かつまむものがある方が話がしやすいと思い、持参しました。遠い東の国に伝わる芋料理――いももちと言います」


 どうぞ、とアインは皿を村長の前に押し出す。

 彼は、躊躇いがちに平べったく焼かれたいももちに手を伸ばし、ゆっくりと咀嚼する。


 その間、アインは気が気ではなかった。久しぶりの料理で初めての料理ともなればやむをえまい。

 それに、味見はしたが彼の口に合うかは別だ。自分のミスで台無しにはしたくない。


 食べ終えた村長の言葉をアインは固唾を呑んで待つ。彼は、食べるときと同じくゆっくりと口を開く。


「……これは、甘芋か」

「ええ、甘芋をこねて焼いただけの簡単な料理です。少し料理をしたことがある者なら誰でも出来るようになります」

「そうか……ああ、これは美味いな」


 だがな。村長は首を横に振る。


「思い出には……勝らぬのだ……」


 苦々しく吐露する彼は、ただの弱々しい老人だった。


「貴方は……甘芋に関わる思い出――祖父や娘との思い出が消えることが嫌だった。ジャガイモに取って代わられることで、思い出を否定されたように感じてしまった」


 ユウの言葉に、村長は力なく頷く。

 ここまでは、アインもわかっている。だが、わからないことが一つある。


 その答えは、ユウしか知らない。 


「そして、甘芋栽培を強制させたのは、伝統が――いえ、貴方がここにいたという記憶が無くなってしまうことが怖かったからです」

「……」

「この村に甘芋栽培を根付かせたのは貴方の祖父だと、村の人が教えてくれました。けれど、甘芋栽培を止めてしまえば、恐らくそれは忘れられていく。そうなれば、貴方が生きていた記憶も証明も消えてしまう」


 残された者が自身のことを忘れてしまう。生きていた証明が徐々に掠れていく。まるで最初から存在しなかったように世界は回って行く。

 それは、人が死を恐れる理由の一つだ。


「……そこまでわかっているのか。流石魔術師といったところか」

「魔術は万能ではありません。ただの技術にすぎない。答えを見つけられたのは、人の助けがあったからです」

「人の助け……まさか」

「はい。娘さんから話を伺ってきました。彼女は村を離れていても、貴方と甘芋の思い出は忘れていませんでした」


 だから、とユウは続ける。


「思い出は……きっと簡単には消えないんだと思います。物が壊れても、時間とともに薄れてしまっても……ふとした拍子に浮かび上がってくるものこそが、思い出なのだと」

「……ああ、そうだな。そうなんだろうな」


 村長はユウの言葉を肯定しながらも、顔は晴れない。俯き、嘆きを口にする。


「だがな、年寄りにはそれしかないのだよ。妻は先立ち、娘は家を離れた。体は衰え、世界は嘲笑うように姿を変えていく。どれだけ善行を重ねようと、何時かは忘れられてしまう。歳を重ねるごとにその恐怖が背中を追いかけてくるのだ……お前にそれがわかるか?」

「私には……」


 ユウは言いかけて、口をつぐむ。

 今答えるべきは自身の意志だ。それは、他人に代弁されるものではない。


「……いえ、俺にはわかりません。ただ、忘れられるのが怖いということは理解できます」


 ユウは自身の意志を、自身の声で告げる。

 その正体がわからない村長は訝しげに周囲を見渡し、アインは驚いたように彼を見やる。

 彼女はどうするか迷っていたが、結局何も言わずテーブルにユウを横たえる。緊張した顔は、すべて任せると言っていた。


 ならば、答えるしかあるまい。


「色々と混乱すると思いますが、この剣が俺――クジョウ=ユウです」

「剣が……喋る……?」


 馬鹿な、と目を見開き呟く村長。


「ええ、そうです。どうして喋れるのかは俺自身もわかりませんので、説明できません。ですが、この世界ではない別世界からやってきた。それは確かなことです」

「……『漂流者』だとでもいうのか」

「おそらくは。ですが、それは今重要なことではありません。重要なのは、貴方と同じ恐怖を覚えたことがあるということです」

「恐怖だと? 血の通わぬ剣が何を言う?」


 その言葉にアインは唇を噛んで耐える。思わず掴みかかろうとした手を強く握りしめていた。

 だからこそ、ユウは自信を持って答えることが出来た。


「血は通わぬとも心はあります。こんな姿では俺は人だと思っているし、人だと思われている。だから、忘れられる恐怖もわかる――いや、既に味わった」

「味わった……?」

「俺は意識だけがこちらの世界にやってきてしまったと推測しています。では、残った体がどうなっているのか? それはわかりません。死んだも同然なのか眠り続けているのか、関係なく普通に生活しているのか」


 しかし、例え普通の生活を送っていたとしても、そのユウと剣のユウは違うのだ。

 家族や友人が記憶する自分と、この世界で生きる自分は元が同じだった生き物に過ぎない。彼らが思い出す自分は自分ではないのだろう。

 それは、忘れ去られてしまうことと変わらない。


「肉体が死んでしまったのなら、俺は何時かは忘れ去られてしまう。それは、とても哀しくて恐ろしいことだった。この先どうなるのかと不安で仕方なかった」

「……今は違うと?」


 その問いに、ユウは断言する。


「はい。アインが言ってくれたんです、『無根拠でもなんとかなると信じよう』と。きっと大した意味はない思いつきの言葉だったんでしょうが――」


 ちらりとアインを見やる。彼女は不満げな表情で目を逸らしていた。


「――それでも、その言葉にはだいぶ救われたんです。わからない明日や無くなった昨日に怯えるよりも、今を生きて明日のことは明日になってから考えればいい。失ったものよりも、これから手にするものを大切にしたいと思ったんです」


 村長は、身動きすら出来ない飾り気のない剣から目を逸らし、身を守るように体を丸める。


「思い出は浸るものであっても、溺れるものではない。それがわかっているから、貴方も一度はジャガイモを受け入れたはずです」

「……お前は」


 俯いたまま村長は、確かめるように言う。


「何時まで生きられるのだ。人よりも長いのか、短いのか」

「わかりません」

「人の体に戻ることは出来るのか?」

「わかりません」

「お前は……幸せなのか?」

「はい。それは、間違いなく」


 そうか、と村長は呟き背もたれに体を預けながら天井を仰ぐ。

 視線は壁に掛けられた思い出の品に移っていき、最後にユウで動きを止める。


「若造に何がわかる……そう言いたいが、それは恥を重ねるだけだな……」

「では……」


 身を乗り出したアインに、彼は頷く。


「ああ……老人の独りよがりは終わりだ。私も……君のように努力するとしよう」


 力なく――しかし笑みを浮かべて村長は穏やかな声でそう言った。







「ふぅん。我がいない間にそんなことをしていたのだな」


 ツバキは、揺れる馬車に顔をしかめながら言う。

 その隣に座るアインは、他の客に緊張しながら答える。


「ええ。けど、丸く収めることが出来ました」

「しかし、ジャガイモ警察のう。唆されたとはいえ、そんなものまで作ってしまうとは。冷静になれば恥ずかしくてたまらんじゃろ」

「だから、今も残っているみたいですよ。役割は野菜の栽培管理になりましたけど」

「はっ? 残っている? 何故?」


 意味がわからんというツバキに、アインは小さく笑って答える。


「旅人に聞かれた時に『癇癪を起こした村長が勢いで作ってしまった馬鹿組織だ』と笑い話にするためらしいです。そうすれば、自分の名前も残るし戒めにもなるだろうと」

「……なるほどのう。それはそれは。で、その男の名前は如何に?」


 ツバキは、笑いを噛み殺しながらアインに訊ねる。

 アインは答えようと口を開き、すぐに閉じる。そして、ユウに訊ねる。


『……村長さんの名前って何でしたっけ』

『……そう言えば聞いてないな。そのままで話が進んでいたから、気にする機会がなかった』


 その反応から察したのか、ツバキは周囲の客の目も気にせず声を上げて笑う。


「はははははっ! いいオチがついたではないか!」

「け、けど今の彼なら大丈夫です……きっと、それも笑ってくれますよ」

「そうであればいいがな! ……さて、次の街まであと僅かだな。それまで我は寝るぞ」

「ちょっ、ツバキ? 重いからどいてくださいって」


 いきなり膝の上に頭を乗せるツバキに抗議するアインだが、わざとらしい寝息を立て始めた彼女にため息をつく。

 フード越しに頭を撫でると、触れた狐耳が揺れ動いた。


『色々あったけど、無事に解決して良かったな』

『はい、ラピスの土産話が一つ出来ました。けど、段々と東に向かっているんですよね……』

『何か不安か?』


 眉を寄せるアインに訊ねると、彼女は深刻そうに、


『はい……何でも東ではハシという独自の道具で食事すると聞きます。扱いを誤ればそれで腹を切らねばならぬとも……私に扱えるでしょうか』


 恐らくとても間違った不安を口にする。

 自身の世界を根拠に否定しようと考えたユウだが、


『お前なら大丈夫だよ。それに、向こうには見たこともない料理がたくさんある。それは楽しみだろう?』


 代わりに大した根拠のない言葉で答えると、アインは顔を明るくし、機嫌よく返す。


『そうですねっ。前に言っていた米料理……スシとか食べてみたいです』


 ふんふんと鼻歌を歌いながら、見果てぬ料理に思いを寄せるアイン。

 そんな彼女に呆れながらも、だから安心するのだろうなと、楽しげな顔を見ながらユウはそう思った。

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