第28話 尻尾を掴め

 狭くホコリっぽい路地には魔力灯の光も届かず、僅かに月が照らすばかりで薄暗い。大通りの喧騒は遠く、聞こえるのは足音と風に転がるゴミくらいだった。

 一人の男が、落ち着かない様子で路地を進んでいく。何かに怯えるように忙しなく周囲を見渡すその男は、アインによって詐欺が暴かれた宝石商であった。

 男は、不意に振り向くが、そこにあるのは進んできた路地だけで何もいない。再び男は、警戒した足取りで歩を進めていく。


「今日中に解放されるとはのう。こちらとしては助かるが、やはり頭にくるわ」

「大丈夫です。このまま牢にいたほうが良かったと後悔させてやりますから」

「それの何処が大丈夫なのか……」


 その背中をツバキとアイン、ユウが追いかけていた。物陰から様子を窺いながら、対角線に移動しては姿を隠し、また追跡するを繰り返していく。

 ツバキの話を聞く限り、宝石の偽造は少人数ではなく組織的に行われている。憲兵に袖の下を渡していることや、偽造宝石の材料の調達・製造など一個人では不可能だろう。

 ということは、何か問題が起きればそれを報告する必要があるということだ。


「どんな手段であれ、何かしら連絡するはずです。その連絡先がわかれば、組織の尻尾を掴めます」

「なるほどのう。しかし、今日中に接触や連絡が無かった時はどうするのじゃ?」

「その時は、吐かせるまでです」


 どうやって、とはユウは訊かなかった。穏やかな手段ではないことは明らかなので、出来れば穏当に済むように祈るばかりだ。

 そうこうしつつ追跡を続行する3人。男は街の外周側に向かっているようで、人通りはますます減っていき、魔力灯も数を減らしていく。どんな街であっても中心から離れるほど治安は悪化し、目の届きにくくなる。つまり、この先に人に見られたくないものがある可能性は高い。


「あそこに入ったぞ」


 ツバキは外装が剥げ、ボロボロになった家屋を指差す。男は、何度か周囲を見渡すと滑り込むようにドアの隙間に入っていく。

 アイン達は音を立てないよう慎重に進み、ドアに耳を当てる。足音は上に向かって遠ざかっていった。


「2階に行ったようです。追いましょう」


 ツバキは頷き、アインはゆっくりとドアを開け隙間から中を伺う。壊れた家具や木箱が転がるばかりで、人はいないようだ。暗がりの中に階段を見つけ、忍び足で上がっていく。上りきると、そこには僅かに光が漏れる部屋があった。

  

「ここですね」


 そう言って右手に光球を浮かべるアインを慌てて止めるユウ。


『だからいきなり暴力で解決しようとするのはやめろ!』

『話し合えと?』

『そうじゃなくて、デカイ音を出せば周りにも響くだろ! 他にも敵がいないとは限らないんだ!』

『平気ですよ。むしろ訊く相手が増えます』

『騒ぎになってまた憲兵が来たら意味が無いだろうが!』


 思考会話をする二人を面白そうに見ていたツバキは、両手を水を掬うような形にし静かに囁く。すると、その手の中に淡い光を放つ蝶が生まれ、音もなく飛び立つ。アインとユウは会話を中断し、ドアの隙間から部屋に飛び行く蝶を目で追う。僅かな間の後、部屋の中からごんっと言う音が響いた。


「寝てる……?」


 男は、力なく机に突っ伏していた。音は頭をぶつけたもののようだ。


「眠気を誘う術よ。あまり長くは効かぬが、家探しには十分であろう」

「ほら、こうやってスマートにだな」

「急ぎましょう、目が覚めると厄介です」


 ユウの小言など聞こえないとばかりに、アインはさっさと部屋に入っていく。文句を言ってやりたがったが、どうせ聞きやしないだろうとユウは諦めの境地であった。


「手紙、ですかね」


 アインは、机に突っ伏した男をどけてその下にあった紙を手に取る。そこに書かれていた内容は、


「『顔が割れてしまったため、これ以上商売は不可能。配置転換求む。商品は高額の物のみ持ち帰る』ですか……。まさか、この手紙を郵送するわけじゃないですよね」

「無いだろうな。リスクが大きすぎる。たぶん、ここに回収役が来るんじゃないか?」

「其奴を締め上げれば情報が得られる……が、それより此奴を泳がせたほうがいいじゃろう」

「ですね。おそらく他のアジトに没収された宝石を持ち帰るはずです。そこを叩きましょう」


 アインの言葉にツバキは同意する。そして、しゃがみ込み男の靴をなぞっていく。文字のような何かが浮かび、そして消える。


「追跡用の魔術じゃ。街から出ればすぐにわかる」

「よし、さっさとここを出よう」


 三人は元通りに手紙を置き直すと、足早に廃屋を立ち去った。




「うあー疲れたー」


 気の抜けた声を漏らし、ツバキはベッドに倒れ込む。フードも外し、顕になった狐耳は萎れたように倒れていた。

 廃屋から宿屋に戻ったアインらは、彼女の部屋に集合していた。幸い騒ぎになった時フードを被っていたお陰で、すれ違った憲兵達にも気が付かれることはなかった。

 

「本当ですね……ふぁあ……眠い……」


 椅子に腰掛けるアインも欠伸をし、目をこする。詐欺商人を出待ちし、追いかけていたせいで日付が変わりそうな時刻まで近づいていた。


「はぁーベッドさいこー……気持ちいい……」


 ごろんごろんとベッドの上で転がるツバキ。そこでユウは、違和感を覚えた。


「あれ、尻尾? いつの間に」


 ふさふさした狐の尻尾が腰の後ろに生えていたことに気がつく。外套を着ていたとはいえ、隠せる大きさでは無さそうだが。

 ユウの視線に気がついたのか、ツバキは眠そうな目で答える。


「目立つから街に来る時は魔術で小さくしてるんじゃよ」

「じゃあ、何で耳はそのままに?」

「耳と尻尾は我らのアイデンティティー。隠し続けるのは精神的に疲れるんじゃよ。だから、せめて耳は隠さないのじゃ」

「なるほど」


 それはいいですが、とアイン。ベッドを占領するツバキにじとっとした目を向ける。


「そこにいると私が眠れないんですが」

「そうは言ってもベッドは一つしかないじゃろ。ちなみに我は床で寝るのは断る」

「仕方ないじゃないですか。この時間じゃ新しい部屋も取れませんよ」

「なら、御主もここで寝ればいい。狭いのは我慢するとしよう」

「いや、それはちょっと……」


 アインは目をそらすが、チラチラとある一点を見ていることにツバキは気がついていた。彼女は、尻尾を揺らしながら誘うように囁く。


「我の尻尾が気になるか? 触りたいなら触らせても良いぞ?」

「そ、そんなことありませんし」

「そうか、残念じゃのう。我の尻尾は安眠に最適と仲間内でも評判なのじゃがのう」

「うっ……」

「ほれほれ、いいのかいいのか? とても気持ち良いぞ?」


 蠱惑的な声と上目遣いで唄うように囁き続けるツバキ。見ているだけのユウも、思わずドギマギしてしまう。


「ああ……」


 ふらふらとアインはツバキに近づくとふかふかの尻尾を飛びつくように抱きしめる。顔を尻尾に数回擦り付け、


「もふもふ……いい……」


 そう言ってすぐに寝息が聞こえ始める。ツバキは、声を殺して笑っていたが不意にユウに目をやる。

 

「その体では味わえぬな。残念だったか?」


 思わず声に詰まったユウに、彼女は人を食った笑みを浮かべていた。

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