第108話 少女は星を掴む

「結局、どうしてゼドは死んでしまったんですか?」


 庭石に体を預けるアインはぽつりと呟く。その視線の先には、膝をつき崩れ落ちた"空"があった。


 つい先程までは悪鬼のように立ちふさがったそれも、操縦者を失った今ではあちこちの関節が歪み、自重で装甲が剥がれ落ちていた。漏れ出した"藻屑"は、血溜まりのように足元に広がっている。


 操縦者だったゼドは、頭部から運び出され簡素な棺に葬られた。齢100を超えながら50代のようだった彼の体は、前借りしていた時間のツケを払ったように乾いて縮んでしまった。


「それに、この腕輪は何なんでしょう。全然力は感じられませんし」


 その原因であろう腕輪は、今はアインが預かっている。火口でも海底でもいいから二度と人の手に渡らぬ所に捨てて欲しいとシェンに頼まれたのだ。


 緋々色の外見をしたそれは、ひやりとした金属の冷たさを感じさせる。しかし、魔力やその類の力は一切感じられない。

 ただのアクセサリーとなったそれを、アインは指先に引っ掛けくるくると回す。

 

「俺も確かなことは言えないけど……遠い未来に造られた機械なんじゃないか?」


 その軌跡を眺めるユウは答える。


 例えば、水上バイクが流れ着いたように、機械でもこの世界に漂流することはあり得るのだ。その機械が、2300年やそれより先の物だったとしてもおかしくはない。

 この大きさで重力・慣性制御まで行い、装着者を不死身にするナノマシンまで備えているとなると想像も出来ないくらい遠い未来のようだが。


 説明を聞いたアインは、難しい顔をしながらも何とか噛み砕こうと区切るように言う。


「その……なのましん? がゼドの命を繋いでいて、腕輪が封印されたことで死んでしまった。そういうことですか?」

「たぶんな。確かめようもないし、腕輪も命令通りなら500年は起きないしな」

「けど、どうして腕輪が機械だってわかったんですか?」

「まあ、連想だよ。"空"を見て『SFのロボットだ』と考えたら、腕輪の音声も機械が喋っているみたいだと思った。そして、ゼドは大掛かりなことをする度に決まった言葉を喋っていた」


 そう考えていくと、腕輪は機械でゼドの声を認識して能力を発揮していると結論が出た。ならば、その声を真似てやれば誤認させられると考えたのだ。


 もっとも、現代人には想像もつかないセキュリティが実装されていればこう上手くはいかなかっただろうし、本当に緋々色金製の腕輪だった可能性もあった。

 かなり危ない綱渡りであったが、無事に渡りきることが出来た。今更ながらその事実に安堵する。


 それにしても、何時かの日に適当に答えた『高度に発達した科学は魔術と区別がつかない』ということが、現実で起きようとは。

 流石にこんなことは稀だろうが、こんなものがそこら辺に落ちているかもしれないと思うとゾッとする。


 そこでふとユウは思い至る。


「なあ、昔作られた魔道具って誰にでも使えて危ない物が多いんだろ?」

「うん? まあ、そうですね。作れるから作った、みたいなノリで作られた物も多かったらしいです。それがどうしました?」

「それらもさ、実は未来の別世界に造られた機械だったりしたのかもな。魔術も、それらを参考にしていたりするのかもしれない」

「――なるほど。確かに、それはあり得ますね」


 アインは深く頷き、腕輪をじっと見つめる。

 過去に存在したものが、実は遥か未来の産物だった。突拍子もない話だが、否定はできないし、したくなかった。

 何故なら、


「なんだかワクワクしますね。未来のモノが過去に渡り、そして現在いまを作っているなんて」

「そうだな……今回はこんなことになっちまったけど、悪いことばかりじゃないと思いたい」

「うむ、その考えや良し。人は前を向かねばな」


 頭上から聞こえてきた声に、アインは顔を上に向ける。庭石に上りこちらを覗き込むツバキと目があった。


「ツバキ、ラピスは大丈夫ですか? それに、シェンとコノハは……」

「ラピスは宿に寝かしてきた。魔力を使い切って気疲れしただけじゃよ。休めばすぐに良くなる」

「そうですか……」


 アインはほっと息を吐くが、表情は未だ浮かない。

 ツバキは、安心させるように微笑んで続ける。


「シェンは即死刑だのという話にはならんかったよ。悪事の全てはゼドが首謀し、部下は全員知らなかった。彼らはむしろ自分を助けてくれた。それをコノハが強く主張すれば、領主としても親としても強くは言えまい」

「……ですが、マツビオサ家は取り潰されるのでしょうね。こんな事件を起こしてしまっては」

「コノハもそれは気にしておったが……当の本人は受け入れていたよ。領主の体面のためにも、何らかの処分は必要だとな」


 それに、とツバキはおかしそうに笑う。


「『自分には幸せになる義務と権利がある。君が言ってくれたことを諦めるつもりはない』などと言いおってな。コノハは顔を赤らめておったが、領主は顔をひきつらせておったぞ」

「……それはまた」


 その光景を想像し、アインは苦笑する。

 彼はその手のことには疎いタイプだと思っていたが、意外とやり手なのかもしれない。或いは天然か。


「のう、マツビオサの花言葉を知っておるか?」


 ツバキは、唐突に訊ねる。アインが首を振ると、そうか、と言って空を見上げる。つられてユウも見上げると、数多の星が輝きを放っていた。

 彼女は、空を見上げながら独りごちるように言う。


「紫色の花を咲かすマツビオサの花言葉は『私は全てを失った』。ゼドは、そう思い込んでいたのじゃろな」

「シェンは……どうなるんだろうな。祖父も家名も家も失って、本当に幸せを目指せるんだろうか」

「なに、マツビオサには『再起』という願いも残っている。全てを失ったとしても、もう一度立ち上がれるだろうよ」


 そこまで言ってツバキは、意地の悪い笑顔を見せる。それは、アインとラピスの仲をからかっている時に見せるものと同じだった。


「プリムヴェールの花言葉はな、『希望』『初恋』そして『長続きする愛情』じゃよ。マツビオサの名を失ったのなら、分けてもらえばちょうど良かろう」

「……野次馬が過ぎるぞ」

「わかってるわい。だから本人達には言っておらんよ。それで、御主はどうする気じゃ?」

「私ですか?」

「そうじゃよ。ラピスは招かれた家が無くなった以上、ここに留まる理由は無くなった。何もなければ、明日にでもロッソに戻ることになる」

「……」


 それは嫌だ、とアインの顔は言っていた。なら、そのためにはどうするべきか。

 ――そんなこと、決まっている。


「もう立って平気なのか?」


 立ち上がった彼女に、ユウは心配そうに声をかける。

 アインがここに残っていたのは、琥珀を飲んだ後遺症で筋肉痛に苛まれていたからなのだが、彼女は顔をしかめながらも、


「大丈夫です。先延ばしにはしたくありません」


 そう答える。


「……そうか」


 なら、自分が言うことは何もない。

 ユウは、ふらつきながらも歩き出したアインを黙って見守った。






「私です、ラピス。入ってもいいですか?」


 ノックに返ってきた声にアインは緊張気味に答える。

 傍には、興味深そうに、しかし真面目な顔で見守るツバキが立っていた。その手にはユウが握られている。


「アイン? もう大丈夫なの? とりあえず入って」

「失礼します」


 入室する直前、不安げに見やるアインにユウは大丈夫だと励ましの声を掛ける。

 彼女は、頷いて部屋に入ると後ろ手にドアを閉めた。


 ラピスは、ベッドから上半身を起こしアインを見やる。怠そうではあるが、顔色は良さそうだった。

 アインは安堵の息をつくと、ベッドの傍まで椅子を引いて座り、彼女と向かい合う。


「あの時とは逆ね」


 ラピスはそう言って、何か思い出したように微笑む。アインは少し考え、それに思い至る。


「そうですね。あの時は私がベッドに寝ていて、ラピスが見舞いに来てくれました」


 懐かしむようにアインは言う。

 数ヶ月前、巻き込まれた陰謀の結末を聞いたのは病院のベッドだった。ただ、自分にとって思い出深いのは、その少し後だ。


「……私は、ラピスと旅がしたいと言いました。何時までもその日を待つとも」

「……そうね」

「その気持ちに変わりはありません。今だってそう思っています」


 ですが、とアインは言葉を切り大きく息を吸う。ラピスは、言葉の続きを黙って待っていた。

 アインは決心したように頷くと、ラピスの手に自身の手を重ねる。暖かさに、胸の鼓動が早まった。


「ア、アイン?」

「その、感謝と優しさは手から伝わるらしいので……ラピス!」

「は、はい!」


 強く名前を呼ばれて思わず背筋を正すラピス。

 アインは、お互いに赤くなった顔を見つめ合いながら続ける。


「私は……やっぱり、待てません。遠くにいる貴方を想い続けるのも、近くにいるのに届かない貴方にヤキモキするのも……嫌です」

「アイン……」

「だから……一緒に旅をしましょう。そのための障害があるというなら、何だってします。私だけでは無理でも、ユウさんもいますしツバキもいます。この4人で旅をしたいんです。我儘ですが……それが今の私の願いです」


 そうだ、これが我儘だとしても心からの願いなのだ。ならば、手を伸ばすしかないだろう。そうしなければ、掴むことは出来ないのだから。


 ラピスは、じっとアインを見つめていたが、不意に微笑み言う。


「協会を辞めるには、アルカ隊長と話すことになるけど平気? 彼は手強いわよ」

「平気です。私はもっと強いですから」

「辞める前の条件として、協会で働くことになるかもしれない。それでも?」

「だ、大丈夫です。きっと……たぶん……おそらくは……」

「……そっか」


 ラピスは満足そうに頷くと、意地悪な笑顔を浮かべて言う。


「なんだってする、って言ったわね?」

「言いましたけど……ラピス? なんだか悪そうな顔をしていませんか……?」

「さてね……ねえ、アイン。抱きしめてくれない?」

「はい……はい?」


 思わず聞き返すアインに、ラピスは唇を尖らせて言う。


「だから、抱きしめて。今日は大変過ぎたから……貴女がいることを感じたい。安心させて欲しいの」

「わ、わかりました……失礼します」


 甘えるように言うラピスに、アインはおずおずと腕を回し抱き寄せる。

 暖かさが体に伝わり、香る匂いが鼻孔をくすぐる。鼓動が早まっていた心臓は、むしろ落ち着き始めていた。


 ――ああ、とても安心する。

 こう思いたくて、こうしたかったのだと今更ながらアインは理解した。


 ラピスは、首筋を撫でる銀髪にくすぐったそうに微笑む。


「そうね……私も、待つのには飽きていたから……嬉しいわ……」

「はい……」


 お互いに耳元で囁き、全身で熱を感じ合う。その行為は、疲れ果てた体には余りにも心地が良く、


「……んっ」

「すぅ……」


 どちらともなく、二人は眠りに落ちていた。






「御主はいいのか? 相棒を取られたのじゃぞ?」

「取られたも何も、最初から俺のものじゃないだろ。アインが見ていたのは最初からラピスだったし、それでいいとここまで付き合ったんだ」

「ふぅん? 前は妬いておったのにのう」

「あれは、きっと子離れされた親の気持ちってやつだろ。自分がいなくてもやっていけるんだと思ったら、そうもなるさ」

「保護者気取りか。まったく、お人好しめ」

「そういうツバキこそ、二人をからかったり背中を押したりでどういう意図だ? 楽しんでいるようにしか思えない」

「うん? その通りじゃよ。我はあいつらを眺めているのが楽しいんじゃ。もっとも、幸せも願っておる。それは偽りない気持ちじゃ。御主もそうじゃろ?」

「……まあな。沈んでるあいつは見てて辛いし、出会う前は荒れていたみたいだしな。そんなことにはなってほしくない」

「ふむ、ではこれからも協力しようではないか。御主は見守り、我は弄る。完璧な分担であるな」

「……まあ、程々にしておけよ」


 考えておこう、とドアにもたれるツバキは上機嫌に答えた。


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