第85話 一発なら誤射かもしれない
『『お金は欲しい……けど、護衛の依頼は他人と付きっきりでしんどい……』そう思ったことはないのか?』
『ぐっ……なぜそれを!』
『俺を連れていけば、そんな面倒事はなくなるぞ。ただの散歩に早変わりだ』
アインとユウが出会った日、ユウは自分を旅の友にするメリットをそう語った。
自分が会話を担当したとしても、他人が傍に居るストレスは軽減されないということを隠してだ。
当時の彼からすれば売り払われるかどうかの瀬戸際であったし、何としてでも阻止する必要があった。
しかし、今は違う。出来る限りは誠実に対応しようと心に決めている。
「旅を続けていれば美しい光景を見ることもあったでしょう。しかし、どんな景色も貴方には敵わないでしょうね」
「はは……」
「そんなものを束の間でも独占できる喜び。筆舌に尽くし難いとはこのことです」
だから、鬱陶しいまでの賛美を口にするガレンに対して、乾いた声で答え続けるアインの姿には若干の申し訳無さを覚えていた。
自分がいれば大丈夫と言ったのに、このザマでは情けない。
『ユウさんのせいじゃないです……コイツが全部悪いんです』
アインの吐き捨てるような思考が伝わってくる。
余程苛ついてるようだが、その気持ちはユウにも良く分かる。
「むっ、そんな熱のある目で見られても私には応えられません。もっとも、貴方が強く望むなら……」
自身を抱くように身悶えするガレン。
そんな彼にアインは舌打ちを隠すこともしない。
普段のユウなら窘めようとしただろうが、ガレンに対しては不要だろう。
何しろこの男。
「ははは、そんな照れずとも良いのですよ」
苛立って睨む目を"触れ合いたいと願っている"と解釈し、舌打ちを照れ隠しと考えるような思考パターンの持ち主だ。
「照れていません。本当に嫌なんです」
「そんな本音をぶつけてもらえるとは……余程私を信頼してくださっているのですね」
「……チッ」
最初はわかった上で流しているのかと思ったが、今は間違いなく天然でコレなのだと断言できる。
キツイ物言いをしても尽く好意的に解釈されたユウはそう確信していた。
そのためまともな会話をすることを放棄するしか無く、アインは呻き声めいた言葉しか返すことが出来ない。
いっそ無言が続けばいいのに、ガレンは何かにつけて甘い言葉をアインに掛けるのだ。
その度に彼女の眉がひくついているのだが、彼はまったく気にしていない。
「……」
アインは地面に転がっていた小石を蹴り飛ばす。小石は下り道を勢い良く転がっていった。
自分もそうできればどれだけ楽だろうと彼女は嘆息する。街までの道程は半ばで、まだまだコレが続くと思うと気が滅入る。
「おや、何か気にかかることでも?」
アインは応えず再び地面の小石を蹴り飛ばす。今度は街道横の茂みに吹っ飛び、茂みが大きく揺れた。
「……」
それを見たアインは歩みを止め、茂みを睨む。
苛立ちからではなく、強く何かを警戒しているのだ。
『どうした?』
『小石がぶつかったくらいで茂みが大きく揺れるなんてあり得ません。何もいなければ、ですが』
『……ということは』
茂には何かがいる。そしてそれは動物ではない。動物なら驚いた拍子に飛び出すが、それは見えなかった。
驚いたにも関わらず、隠れたその場から動こうとしないもの。
つまり、
「いるなら姿を表しなさい悪党。怖いのならそのまま隠れて朽ち果てていなさい」
「……ほう、言うじゃねえか」
茂みから眼帯の男が姿を現す。
その周囲からも似たような――要するに悪人顔の男たちが数人現れた。手には剣やら斧やらを手にしており、友好的な相手ではない。
何処にでもいる旅人から金品を奪うことを目的としたゴロツキだ。
男たちは、アインとガレンを取り囲むようにじりじりと迫る。その数は8人。
この状況には流石にガレンも微笑みを引っ込め、護身用のナイフを取り出し牽制するように男たちに向ける。
アインは、警戒を続けてはいたが緊張は見られない。リラックスした姿勢でゴロツキ達を見回す。
『問題ないか?』
『ええ、この程度の相手なら私一人で十分です』
頼もしい返答に安心するユウ。
――ところで、頼もしいのはいいのだが、
『なんかウキウキしてないか?』
『気のせいですよ?』
『……いや、してる』
どうやらここまでの鬱憤をぶつけられる相手が来たと思っているようだ。
明らかに弾んだ声で答える彼女に、やり過ぎると変な噂が立つぞと釘を刺すユウ。
アインは一瞬声をつまらせ、わかってますよと不貞腐れたように答えた。
「大人しく通しては貰えませんか?」
やや硬い声でガレンは眼帯の男に言う。それに、男は鼻で笑って返す。
「兄ちゃん、出すもの出すなら見逃してやる。だが、その気が無いって言うならその可愛い恋人を――ヒィ!?」
余裕ぶっていた眼帯の男の顔色が一瞬で蒼白に染まる。
「ど、どうしました親分……きゃあ!?」
怪訝な顔をしていた部下もその理由に気が付き、顔つきに全く似合わない悲鳴をあげる。
「…………」
原因は、凄まじい怒りを瞳に湛えたアインだった。
"こんな男の恋人とか節穴なんですかそんな目は必要ないですねよし潰す"という怨念じみた怒りに、男たちはおろかユウまで身震いがした。
「ア、アインさん……?」
ガレンですら声を震えさせる空気の中、アインはぼそっと告げる。
「ガレンさんは死なない程度に適当に相手をしてください」
「は……? あ、は、はい」
「任せました」
そのつぶやきが、開戦の引き金だった。
「……!?」
アインの右手に浮かべた魔力球が背後に回っていた男の胴体をえぐる。捻り込むような一撃を食らった男は声すらあげられず、その場に崩れ落ちる。
「て、テメエ!」
仲間がやられたことに動揺した男たちは、恐怖を怒りで誤魔化しまっすぐアインへと武器を振り上げて襲いかかる。
だが、怒りに任せた故に軌道は単純そのもの。彼女は苦も無く一撃を躱し、先程倒した男を蹴飛ばして包囲から抜ける。
包囲内にガレンが取り残されるが、
「来なさい、ナメクジ野郎。それとも、命が惜しいですか?」
「ふざけるんじゃねえ! ぶっ殺してやる!」
アインの挑発に5人が輪を崩して向かってくる。ガレンの元には眼帯ともう一人が残った。
内心男たちにガレンをボコボコにさせてから助けるのではと考えていたユウは安心し、同時に恥じる。
彼女だって命が危険な状況で私情を持ち出すわけが無いではないか。
「シュート!」
そんなユウの気も知らないアインは、男たちに向かって光球を放つ。
「当たるかよ!」
馬鹿にするように言って、男たちは悠々と光球を躱した――つもりだった。
「ブレイク!」
瞬間、男の背後で光球が炸裂し青白い爆発が巻き起こる。その爆発に二人が吹き飛ばされそのまま動かなくなる。
残るは3人。
アインは地面を踏み鳴らし、右手に光球を構える。
いつでも光球を投げつけられる体勢のアインに警戒したのか、男たちは安易に踏み込まず一定の距離を保っていた。
そして、それは悪手だった。
「ん、なああああああ!?」
男の一人が地面に違和感を覚えた瞬間、地面から噴き上げる土砂によって宙を舞う。
アインの構えは見せかけで、本命の魔術は地面を叩く足によって発動していたのだ。
爆発音と地面に落下する仲間に混乱しきった二人は完全に逃げ腰となっていた。
アインはそれを見逃さず、地面を蹴って間合いを詰める。
「なっ!? こ、こっちに来るな!」
相手から距離を詰めたことに思考が追いつかない男は、めちゃくちゃに剣を振り回す。
無論、そんなことで魔術は防げるわけもなく、
「寝てろ!」
足を止めてしまったところに光球を浴び、茂みに向かって吹っ飛んでいく。茂みから突き出た足が間抜けだが、当事者には笑い事ではないだろう。
残る一人は、仲間の惨状とアインの冷たい目を交互に見やり、武器を捨てて背中を向ける。
「ひっ!? わあああああああ! ぐぇっ」
容赦なく放たれた光球は逃げる男の背中に命中する。倒れた男は勢いそのままに顔面から地面に落ちる。ざりざりと音を立てながら吹き飛び、そして止まった。
むごい、というユウの呟きを聞き流し、アインはガレンの方に視線を向ける。
「うあああああああ!」
眼帯の男は慎重に間合いを計っていたが、それに耐えられなくなった取り巻きがガレンに飛びかかる。
「遅い!」
ガレンは、剣を振りかぶった男に手にしたナイフを投げつける。
深々と太腿に刺さったナイフに男は悲鳴をあげて剣を取り落とす。ガレンは蹴りの追撃を加え、地面に落ちた剣を手にした。そこに、眼帯の男が剣を振りかざし、斬りかかる。
「喰らえや優男!」
「なんの!」
刃をぶつけ合い、歯を食いしばりながらガレンと眼帯の男は鍔迫り合いを繰り広げる。
互いが前へ前へと力を込める中、一瞬だけガレンはその力を緩める。
「ぬぅ!?」
そのまま力を加えていた眼帯の男は前のめりとなり、ガレンは刃を滑らしながら男の横へ位置を変える。
出来たその隙にトドメを加えようとするが、
「くっ!」
不安定な姿勢ながら放たれた蹴りによろめき、その間に眼帯の男は転がるように距離を取る。
『思ってたよりやるな……いや、猟師なんだから当たり前か?』
正面に剣を構えて睨み合う二人に、そんな感想を口にするユウ。
しかし、アインはそれに答えない。
「……」
無言のまま、両手に光球を浮かべながらじっと二人を睨んでいた。
眼帯の男を倒すチャンスを窺っているのだろうと、集中を乱さないためにユウは口を噤む。
そこでふと疑問に思った。
どうして光球を二つ用意する必要があるのか?
一撃を躱された場合に、と考えるがすぐ否定する。
敢えて外した場合以外で彼女が目標を外したことはなかったはず。そんな保険を用意するくらいなら、もっと確実なチャンスを狙うだろう。
では何故かと考えて、浮かんでくる答えがあった。
まさか、と思いながらも、彼女ならありえるという答えが。
「行くぞ!」
ガレンの声に、眼帯の男は身構える。それに向かってガレンは突進する。
「……!」
動いたのは彼らだけでなく、アインもだった。
ゆっくりと両手を持ち上げ、激突の瞬間を見逃すまいとじっと見つめる。
そして、その時がやってきた。二人はあと数歩で剣と剣がぶつかりあう間合いに入る。
それを待っていたと言わんばかりに、アインは力強く両手を突き出し光球を放つ。2つの光球は音もなく風を切り裂きながら目標に向かって突き進む。
その瞬間、光球が2つである理由をユウは理解する。
光球が2つであるなら、目標もまた2つ――。
「ぐぉ!?」
不意を突かれた眼帯の男は、脇腹に衝突した物の正体すらわからないまま吹き飛ばされ、
「うわっ!?」
男に踏み込む直前で足を止めたガレンの目の前を、もう一つの光球が通過していく。
どうやらフェイントを掛けるために立ち止まったおかげで光球を避けることが出来たようだ。
呆然とこちらを見やるガレンに、アインは、
「……チッ。無事でしたか、ガレンさん」
安心しているのか、残念がっているのかわからない台詞を言いつつ彼に歩み寄る。
「あ、ああ……無事、だよ」
爽やかな微笑みを浮かべる余裕が無いのか、ガレンは引きつった中途半端な笑顔で答える。腰が引けているのは気のせいではないだろう。
彼は、大の字になって気絶する眼帯の男とアインを見やり、硬い声で訊ねた。
「た、助けてくれたのはありがたいが……私も狙っていなかったかな?」
「誤射です。狙いが逸れました」
「……その後、さらにもう一発撃とうと身構えてなかったかい?」
「気のせいです」
アインは言い切り、倒れた男たちを一瞥し抵抗できないことを確認すると、街へと続く街道を歩きだす。
その背中を呆然と眺めていたガレンは、遠ざかっていく彼女を慌てて追いかける。
街までの道中、彼がアインに言葉を掛けることは一切なかった。
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