18話

 憶測だと言いつつも、その口調には一切の揺らぎがない。住人たちからしばしば「柄が悪い」と揶揄われる目力の強さも健在である。ロレッタですら僅かに竦んでしまうほどなのだから、正面のフェリクスはさぞ怖いだろうと思う。


「他所の国の地名は、音に馴染みがないから覚えづらいよな。人身売買なんて単語が咄嗟に出たのも、それが横行している国で育ったからなんじゃないのか」


「……なんの、話ですか」


「お前が重ねた嘘の話だ。ブラストルという街は存在しないし、人身売買も、水の国アクアマリンでは禁止されているらしいぞ。辺境の街であっても警備の目が行き届いているそうだ。炎の国ルベライトとは大違いだな。あの国は、王都から離れれば離れただけ、治安がクソみたいになっていくからな。治めている王族の器の差なんだろう」


「そんな……」


「この村には、全ての周辺諸国それぞれから同じ境遇の奴らが移住してきているんだ。騙ったのが水の国アクアマリンじゃなくても、いずれは発覚していたさ。そんな粗末な嘘をついてまで出身地を偽ったのは……追われていることを隠す為か」


「!」


「王宮騎士団の人間が、炎の国ルベライトを脱走した人物の行方を捜していた。機密情報を持ち出された、とも言っていたな。心当たりは?」


「………………………………あーーもう、うるさいなあ!!」


 フェリクスが、苛立ちをぶつけるかのように自身の髪を掻き毟る。それから両手で布団を強く叩き、リューズナードを睨んだ。


「全部分かってるじゃないですか! それなのに回りくどい言い方して、そんなに子供を糾弾するのが楽しいんですか!?」


「お前のほうから正直に打ち明けてほしかったんだがな。それに、全てを把握しているわけじゃない。改めて訊くが、目的はなんだ? 水の国アクアマリンへ行きたいと言ったが、なんの為だ」


「…………話したら、協力してくれますか?」


「協力?」


「俺は、」


 少年の面影が残る瞳に、憎しみの念を宿した暗い光が宿る。無理やり婚姻の誓いを述べさせられた、あの日のリューズナードを彷彿とさせた。


「……俺は、炎の国ルベライトに復讐したい……!」


 低く、唸るような声で言い放たれた。ロレッタの背筋を、冷たい汗が伝う。


 魔法国家への復讐。それは一見、当たり前のようでいて、その実、原石の村ジェムストーンの住人たちの口からは一度も聞いたことのない言葉だった。サラやリューズナードが否定していたから、ロレッタはそれらを魔法が使えない人々の総意だと認識していた。


 しかし、これもまた、自分がそう思い込んでいただけだったのかもしれない。


「たまたま魔法が使えない体に生まれただけの人間を虐げ、嘲笑うことを許容する国の連中を、見返してやりたい。ひたすら見下し続けた非人の手によって窮地に追い込まれて、無様に命乞いでもする姿が見られたら、愉しいだろうなぁ……。もういっそ、滅べば良いんだよ、あんな国! 街も人も、全部、全部、無くなっちゃえば良いんだ!」


 怒って、嗤って、また怒って。不安定に移り変わる情緒が、彼がこれまで受けてきた扱いに対する鬱憤の表れなのかと思うと、ロレッタの胸が痛む。鼻の奥がツンとしたけれど、涙が零れるのは懸命に堪えた。真に泣きたいのは、ロレッタではない。彼らのほうだ。


 その、のうちの一人であるリューズナードが、深く息を吐いた。


「……やめておけ。そんなことをしても、何にもならない」


「は? ……復讐を諦めろって言ってるんですか?」


「そうだ。そもそも国が滅びるほどの打撃を与えるような真似が、非人おれたちにできると思っているのか?」


 白熱するフェリクスとは打って変わり、リューズナードは冷静だった。ロレッタよりもずっと、フェリクスの心に寄り添ってやれるはずなのに。彼は今、どんな気持ちでいるのだろう。


 何度目かになるリューズナードからの質問に、初めてフェリクスが不敵な笑みを浮かべた。


「できますよ。その為に、外へ漏れたらマズそうな情報を抜き取ってきたんですから」


「機密情報とやら、か。情報の漏洩だけで、国が滅ぶとは思えないがな」


炎の国ルベライトが十年近くかけて研究し続けてきた、軍事機密なんです。自国で兵器利用する前に他国へ知られて対策されたらこれまでの苦労が全部台無しになるし、それにこれ、国民にバレたら王族の信用問題にもなりそうなんですよね。つまり、使い方によっては内乱だって誘発できる」


 得意げに語りながら、フェリクスは自身のズボンの腿の辺りに付いているポケットから、半透明の瓶を取り出した。中にはどうやら、巻物のように丸められた大量の紙が収納されているらしい。あの紙の一枚一枚に、何らかの機密情報が記されているのだろう。


「……そんな紙切れに、何が書いてあるって言うんだ」


「リューズナードさんだって、炎の国ルベライトで育ったんだから知ってるんじゃないですかね? テートルッツギフトですよ。あれのウイルスの培養方法と、過去の検証記録が書いてあります」


「テートルッツギフト……?」


「知らないんですか? ……ああ、名前を知らないだけかな。呼び名が決まったのも結構最近の話なので。七年くらい前に炎の国ルベライトで蔓延した、致死率の高い伝染病です」


「!!」


 リューズナードが息を詰めた音がした。だいぶ遅れて、ロレッタも自分の持つ情報と今の話を結び付けることに成功する。


 七年前に炎の国ルベライトで蔓延した伝染病――それは、リューズナードの妹の命を奪った病だ。

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