38話

 体温が奪われて寒い。体中を雨で殴られて痛い。強風で呼吸がしづらい。少しでも気を抜けば、体ごと吹き飛ばされてしまいそうだ。けれど、ロレッタは懸命に堪えて深呼吸を繰り返す。魔力の制御を乱さない為に。


 河川から海への水の転移は、あくまでも魔力を注ぎ込める範囲内での、局所的な応急処置に過ぎない。現在、ロレッタのいる地点より下流側では水の流れが緩やかになっているが、魔力の解放を止めれば氾濫は再開するだろう。一瞬、その場の水を無くしただけでは意味がないのだ。増水が続く限り、ロレッタも魔力を流して転移させ続ける必要がある。


(魔力の流れを途切れさせては駄目……集中……もっと……!)


 増水、すなわち雨がいつ収まるのかは皆目見当が付かない為、ペース配分も難しい。濁流や風雨の圧に負けてしまわないよう、必死で両手に力を込める。


 ――バキッ! ゴオォ!


 どこからか、それほど遠くない場所から、鈍い音が聞こえた。顔を上げると、強風でへし折られたらしい太い木の枝が、ロレッタ目掛けて飛んで来るのが見える。


 両腕は使えないし、体も下手に動かせない。魔法のリソースを転移以外の部分に割くわけにもいかない。


(避けられない……!)


 強い衝撃を覚悟した、その時、


「伏せていろ」


 ――ヒュッ、スパン!


 頭の上を、一陣の風が滑らかに通り過ぎる。次の瞬間には、ロレッタの腰回りほどもあった太い枝が真っ二つ、どころか、細切れになって四方へ飛んで行くのが見えた。ロレッタにはひと欠けらも届いていない。


 愛刀を携えたリューズナードが、隣に立っていた。


「他のことは気にしなくていい。お前が村を守ってくれるのなら、お前のことは俺が守ろう」


 ロレッタより上背も厚みもある体が、下から見上げることで一段と大きく映る。外套を纏っていても分かる屈強な体躯。彼の背中を見ていると、言葉の通り「守られている」という実感が湧き上がってくる。無数の兵士に囲われるよりも、彼一人の背に匿われるほうが、不思議と安心できる気がした。


(きっと、大丈夫だわ。私は私にできることをしなくては……!)


 周囲への警戒をやめて、再び濁流と向き合う。止まってしまっていた深呼吸を再開し、内臓から絞り出すように、ありったけの魔力を注ぎ込んだ。

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