37話

「……何を偉そうに、知ったようなことを……」


「これでも一応、王女ですから」


「…………そう、だったな」


 リューズナードの声から、威圧するような響きが抜け落ちた。


「……どうするつもりだ」


 話を聞く気になってくれたらしいリューズナードを見て、ロレッタは密かに安堵する。多少、意固地なところもあるようだが、一番重要な芯の部分は見失わない人物で良かった。


「川の終着点には、海があるはずですよね。海ならば、よほどでない限り増水で災害へ繋がることはないでしょう。なので、この周辺を流れる水に私の魔力を注ぎ込み、海へ転移させます」


「そんなこと、できるのか……?」


「転移先の座標位置が正確に分かっていれば、可能です。ただ、私はこの村と海の位置関係を存じ上げておりません。ですのでどうか、現在地から海までの方角や距離を、私に教えてください」


 大陸全体の地図であればすぐに思い出せるが、この村が地図の中のどこに位置しているのかが、ロレッタには分からない。移動の過程で水の国アクアマリンからもだいぶ離れてしまったので、感覚的にも曖昧だ。目測を誤って陸地へ大量の水を送り込めば、取り返しのつかない大災害を引き起こしてしまう。


 リューズナードが、思案しながら口を開いた。


「……海はこの村の北東、今のお前の体の向きで考えるなら、右後方四十五度くらいの方角だ。距離は……そうだな、ここから三十キロも離れれば、陸地のない場所に出る」


「今この時間帯に、その地点を船が通過する可能性はありますか?」


「あの辺りは海流が不安定だ。まともな航海士なら航路には選ばない」


「左様ですか。それならば人的な被害は出ませんね。……では、いきます!」


 ロレッタは濁った激流へ両腕を差し込み、一気に魔力を放出させた。


 水属性特有の青い光を放つ魔力が、手から川の水へと伝わっていく。不透明の濁流がロレッタの周囲のみ青く発光し、やがて、抉り取られたかのような痕跡を残してその場から消え去った。




 同時刻。


 どの国の領土にも属さない中立の、とある海域。その日は、数日前から崩れ始めた天候に煽られるようにして、一段と波が荒れ狂っていた。船、鳥、海洋生物、何者をも寄せ付けない激しさで暴れ続けている。


 その上空に突如、青く輝く光が出現した。実体を持たない光源の中心部で空間に亀裂が入り、轟音と共に多量の濁水が溢れ出す。滝のように流れ落ちていくそれは、あっという間に海面へ到達し、荒波に呑まれて見えなくなっていった。

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