36話

 どんな時でも水を恐れず、寄り添いながら共に歩み続ける。それが、水の国アクアマリンの王族として生まれた者の矜持だ。


 その教えで誰かを救うことができるのならば、これほど嬉しいことはない。


「…………要らない」


「え?」


 聞こえた言葉に耳を疑い、思わず振り向いた。どこか苦しんでいるようにも見える表情のリューズナードが、それでも強くロレッタを拒絶する。


「この村を守るのに、魔法の力なんて必要ない! そんなものがなくても、俺たちは生きていける! 余計なことをするな!」


 村で生活している人々は皆、魔法が使えないことが原因で、魔法によって虐げられてきた人間ばかりだ。目の前の彼も、その内の一人。簡単には信用できなくなっているのだろうな、と思う。ロレッタ個人を、ではなく、魔法そのものを。


 それはある種、仕方のないことではある。そうなってしまうのも頷けるような仕打ちを、彼らは受け続けてきたのだから。けれど、どうか今、この瞬間だけでも、耳を傾けてほしい。


 恐らく彼も、心のどこかでは分かっている。今回の規模の天災は、人間の力だけでは防ぎきれない、と。分かっているから、仲間たちを先に逃がしたのだ。その上で、自分だけは最後まで微力な抵抗をし続けるのだと言う。なんと愚直な覚悟だろうか。


 彼にとって、この村の人々がどれだけ大切なのかは、これまでの暮らしぶりを見ていてよく分かった。今となっては、ロレッタも同じだ。村の住人たちも、穏やかな生活も、決して失いたくない。だからこそ。


 その覚悟を、曲げてほしい。


「――そんなことを、言っている場合ではないでしょう!!」


 生まれて初めて、ロレッタは腹の底から叫んだ。


「あなたが今、命をかけてでも守りたいものはなんですか? ご自分の意地なのですか? 村の人々なのではないのですか!?」


「!」


「目的の為ならば、使えるものはなんでも使う。何かを守るには、そのくらいの器量を持ち合わせていなければなりません。そうでしょう?」


「…………」


 そう。今必要なのは、過程ではなく結果だ。「村も住人たちも無事だった」という結果だけ。強大な敵を前に、手段を選んでいる暇などない。嫌悪の象徴のような力であっても、どうか使ってほしいのだ。

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