57話
ロレッタが茂みから出て近付いてきたが、途中でピタリと足を止め、怯えたように顔を背けた。何事かと思ったものの、少し考えてから、足元の血溜まりやその上に転がる腕が視界に入ったのか、と納得する。あまりに見慣れ過ぎていて、これが日常の中にあるべき光景ではないことに、気付けていなかった。軽く振って鮮血を落とし、刀を鞘へ戻す。
「答えになっていない。異変を感じたのなら尚更、外へ出るな。お前に怪我をされると迷惑だ」
彼女の姉から突き付けられた契約を破棄する手段は、未だに見つけられていない。魔法国家との繋がりなど、早く断ち切ってしまいたいのに。それでも、仲間たちへ手を出されるリスクを考えれば、軽率な行動を起こすわけにいかなかった。憎らしい女の手のひらの上いるようで、本当に腹が立つ。
ただ、その怒りの矛先を向けるべきは、目の前にいる彼女ではない。そんな風に思い始めたのは、いつの頃からだったか。
「申し訳ありません。ですが……リューズナードさんが一人で戦っているような気がして、不安になったのです」
「……?」
小さく深呼吸をして、意を決したように、ロレッタがリューズナードのほうを向いた。
「あなたが腕の立つ剣士であることは伺っています。しかし、それは決して、一人で無茶をしていい理由にはなりません。例え負けることはなくとも、大きな怪我でもしてしまったら、どうなさるおつもりなのですか」
彼女にしては珍しく、こちらを非難するような口調で詰めてくる。不安になった、と言っていたが、どちらかと言えば怒っているのではないか。感情の機微が読み取れなくて、自分が険しい表情になっていくのを自覚する。
「あの程度の兵士なんて、いくら差し向けられても後れは取らない。それに、魔法の使える人間相手に戦えるのは、俺だけだ。無茶も何もないだろう」
「お一人では行かないでほしい、と、お伝えしたつもりだったですが」
「……何が言いたい」
ロレッタが自身の胸に手を当てる。
「私をお使いください」
「!」
「私は、あなたのような身のこなしで戦うことはできませんが、魔法による攻撃を防ぐことなら可能です。自分の身は自分で守ると誓います。あなたや、村の皆様のお力になれるのであれば、有事の際は喜んで盾と成りましょう。ですから、どうか――」
ひゅっ、と。自分の息が詰まる音が聞こえた。
実際にできるのだろう、とは思う。何せ、ロレッタはたった一人で災害を食い止めるような、規格外のことができる力を持った人間なのだ。あんな小さな村一つを守り通すことくらい、きっと不可能の内に入らない。
そして、仲間たちの安全が保障されるのならば、攻め込もうとする敵を迎え撃つ必要は全くない。魔法国家を憎む気持ちは消せないが、今さら報復してやろうなどというは考えは持ち合わせていなかった。もう関わりたくない、放っておいてほしい。望みはただ、それだけだ。
つまり、ロレッタがいれば、リューズナードは戦う必要がなくなる。思考がそこへたどり着いた瞬間、両手の指先が一気に熱を失った。
魔法が使えない、まともな教養も有用な技能もない、戦うことしかできない自分が、戦わなくてもよくなる。それはもう、自分がここに居てもいい理由がなくなる、ということ。
「……俺から、存在意義を奪うのか」
気付けば、そんなことを口走っていた。
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