10話
「……あの女が言っていた通り、俺たちは生まれつき魔法が使えない。本来あるはずの、魔力を制御する為の器官が、先天的に無いそうだ。確率としては相当低いが、稀にそういう体質の子供が産まれることもあるらしい」
「え……」
王宮での勉学には真面目に取り組んでいたつもりだったが、そんな話は初耳だ。けれど、苦しそうな表情の彼が嘘を吹き込んでいるようにも見えない。ロレッタは静かに次の言葉を待った。
「魔法が使えて当然の世界に生まれて、魔法が使えないことが判明した人間がどんな扱いを受けるか、想像できるか?
……周りの連中が普通にできることができない、生活基盤になる道具や技術も満足に使いこなせない、そんな下等な存在だと認識されて、迫害の標的になるんだ。物心がついてから年老いて死ぬまで、延々と謂れのない虐待を受け続けるんだよ。
誰も助けてなんてくれない。信じられるのは、同じ境遇に生まれた奴らだけだ。だから俺たちは、生まれた国を捨てて、自分たちが心穏やかに暮らせる居場所を、皆で作った。生活水準は低いが、迫害に怯えながら縮こまって暮らすよりはずっと良い。
そんな俺たちを見て、魔法国家の連中が勝手に呼び始めたんだ。人間ならできるはずのことができない、人間になり損ねた者たちの集落――“
「………」
息が詰まる。
ミランダがリューズナードを終始見下していたのは、彼がどれほどの腕を持っていようと、魔力勝負では絶対に負けないという自信があるからだと思っていた。しかし、正しくはそんな乱暴な話などではなく、姉は彼や彼の仲間たちを人間だと見なしていなかったのだ。
毎日の講義や読書しか外界に触れる手段のなかったロレッタには、知り様のないことだった。俗世の差別用語など、教養として教えられるはずがない。
「わざわざ説明してやったんだ。その言葉、二度と使うなよ。この村の中では特にな。……この村には、名前なんてない。国として独立したいわけじゃないし、俺たちが自分で名乗ったところで、魔法国家の連中は変わらず非人の村と呼び続けるだろう。決めるだけ無駄だ」
「……承知、致しました。……あの、リューズナード様……」
「様付けは、やめろ。俺は王族や貴族の類じゃないんだ。迫害する側の人間と同じ扱いなんて、されたくない」
それだけ言い捨てると、リューズナードは外へ出て行ってしまった。
(迫害、する側……)
魔法を使えない人々からは、魔法を使える人々が、そのように見えている。そして、魔法を使える人々からは、魔法を使えない人々が、「迫害して良い対象」に見えているのだろう。どちらも同じ人間なのに、どうして。
原因は先天的なものだと彼は言った。そうだとすれば、魔法を使えない体に生まれた人々は、恐らく一生、使えないままだ。迫害から逃れる術もなく、立場を逆転させる可能性さえも与えられず、その身に傷を増やしながら生きていかなければならない。こんなに悲しいことがあるだろうか。ロレッタの頬に涙が伝う。
(……知らなかった、では、済まされない……っ)
ロレッタは、自分が如何に無知であったかを思い知った。そして同時に、知らなければならないと思った。王宮の外に広がる世界を。魔法の使えない人々の生き方を。
王族の血を引き、常人よりも高い魔力を有する自分が、彼らの為にできることは何か考えていきたい。幸い、時間だけはたっぷりとある。力強く涙を拭って、村のほうへと足を踏み出した。
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