11話

 日差しのピークが過ぎて、太陽が地平線へ向けての折り返しを始めようとする頃。数刻前には足早に通り過ぎてしまったその土地へ、ロレッタは再びやって来た。この村の人々の声を聴き、生活や文化を肌で学ぶ為に。


 都会の街並みと豪奢な王宮しか知らないロレッタにとって、村の生活風景は全てが新鮮だった。何よりも先に驚いたのは、空気の純度だ。土地、風、水、そして太陽の香りをふんだんに蓄えた空気に、全身が心地よく包まれる感覚。両手を広げて大きく息を吸い込めば、まるで体が歓喜しているかのように足取りが軽くなった。明確な理由は分からないけれど、驚くほど呼吸がしやすい。


 荒く加工した木材と土で造られた簡素な家屋、エリアによって様々な種類の野菜や穀物が実っている畑、外の川と繋がっている用水路、村を囲っている背の低い石の壁、余計な装飾がほとんどない衣服を汚しながら働く大人と、駆け回る子供たち。見渡す限り、目に飛び込んでくる情報はそのくらいだった。主に農耕で生計を立てているのだろうか。


 ひとまず話を聞きたいと思ったが、明らかに浮いているドレス姿のロレッタに、いきなり気やすく接してくれる者など当然いない。目が合った住民に会釈をしてみるも、戸惑いながら軽く頭を下げるだけで、すぐに自分の作業へと戻ってしまう。先に出て行ったリューズナードから、きちんと事情を説明されているかどうかも判断がつかない。


 どうしたものかと考えていた時、突然背後から声を掛けられた。


「あの、お姉ちゃん」


「ねーたん」


「?」


 振り向くと、王宮で人質にされていた少年が不安気な表情でロレッタを見上げていた。その横にはもう一人、少年よりもさらに幼い少女が、少年のズボンを掴みながら立っている。


 ドレスに土が付くのも構わず、ロレッタはしゃがみ込んで少年たちと目線を合わせた。


「こんにちは。きちんとご挨拶ができていませんでしたね。私は、ロレッタと言います」


「ロレッタ、お姉ちゃん……」


「れー、たん?」


 少年の言葉を頑張って真似しようとしている少女が微笑ましくて、自然と笑みが零れてしまう。


「ふふふ、はい。これからこの村でお世話になるので、仲良くしていただけると嬉しいです」


「……俺はネイキス、こっちは妹のユリィ。よろしくお願いします」


「よーしく、おね、しま!」


「よろしくお願い致します」


 幼いながらもきちんと挨拶する少年たちに、ロレッタも誠意を込めて頭を下げた。

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