118話

 間近で視線が重なると、まるで脳天から雷魔法でも食らったかのような鋭い痺れが、全身を駆け抜ける。名前を呼んだら、舌先まで甘く痺れた。水の国アクアマリンの王女のくせに、炎も、毒も、雷までも使うのか。そろそろ、本当に殺される。彼女から与えられるもので、溺死する。そんな馬鹿な考えが過った。


 ロレッタの手から、青い光が消失する。


「…………帰、る? 私が、皆様の村に、ですか……?」


「ああ」


 どうして、そんなに驚くのだろう。それほどまでに、彼女にとってはあり得ない選択なのだろうか。帰りたい。守りたい。そんな風には思ってもらえないのだろうか。


「それは……そのようなことは、できません……」


「何故だ」


「だって! 私は、魔法が使える人間で、魔法国家の王族で……あの村に居たら、魔法を恐れる皆様から、平穏を奪ってしまう……」


「俺の目には、お前が居る村の日常は、平穏そのものに見えたけどな。あいつらが恐れているのは魔法であって、お前じゃない。それに、お前の使う魔法なら、あいつらだって恐れはしないさ。傷付けられることがない、と分かっているからな」


「で、でも……リューズナードさんだって、私や、この国と、縁を切らないと……幸せには、なれないから……っ」


「俺の幸せ? …………はあ。お前の話はいつも、よく分からない。俺に分かるように言ってくれ、と何度言わせる気だ? ……お前が必要だ。そう言ったのが、聞こえなかったのか」


「……でも……だって……!」


 最初は、気弱で大人しい女性かと思っていたのに、蓋を開ければ意外と強情だ。面倒だが、悪い気はしない。自分の我が儘でここへ来たはずなのに、いつの間にか、我が儘を言う彼女を宥めているかのような構図になっていて、少し笑ってしまう。


「ロレッタ。お前は、俺たちの村を、自分の帰る場所だと思うことはできないのか? 俺が訊いているのは、それだけなんだが」


 ロレッタの口からは、仲間たちやリューズナードを拒絶する言葉が一つも出てきていない。だから、確信できた。彼女は自分たちとの繋がりを捨てたくて離れたわけではないのだと。


 柔らかな色を宿した瞳に、涙が浮かぶ。


「…………よろしいのですか……? 私が居ても……私が、帰っても……っ」


「ああ、帰ろう。皆待っている」


「っ…………」


 何かと葛藤するように、恐る恐る、ゆっくりと。ロレッタの右手が、リューズナードの右手に重なった。


「帰りたい、です……私……皆様の所に……!」


「うん」


 右手に力を込めて握り返す。彼女の瞳から、涙がボロボロ零れ落ちていった。


 この手に触れられると、体に血が巡り出して、心拍は上がるのに呼吸がしやすくなる。なんとも不思議で、心地好い感覚だった。けれど、手から伝わる温度だけでは、足りない。もっと欲しいと全身が叫んでいる。


 欲求に抗わず、小さな手を掴んで引き寄せる。そうして倒れ込んできたロレッタの体を、リューズナードは両腕で強く抱き締めた。


「きゃっ!? ……リューズナードさん……?」


「…………」


 ――温かい、熱い、痺れる、安心する。


 炎も、毒も、雷も、全てが一斉に回り始めて、おかしくなりそうだ。いや、自覚できていなかっただけで、とっくに気が触れてしまっていたのかもしれない。


 魔法が使える人間だとか、魔法国家の王族だとか。そんなことはもう、どうでも良くて。今はただ。


 彼女のくれる、優しい熱が。


 優しい熱をくれる、彼女のことが。


「……好きだ。どこへも行くな」


 愛おしくて堪らない。

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