119話
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彼の姿が見えた時、心底驚いた。そして、彼が兵士たちを相手に刀を振るう姿を見た時、驚きが絶望へと塗り替わっていくのを感じた。
だって、ここは
彼がこの国の敵になってしまった場合、ロレッタは彼と戦わなければならない。それが、婚姻と契約を破棄する条件だから。
よほどの事情がなければ、それこそ、仲間が誘拐されるような一大事でもなければ、そんなことが起こる心配はないと思っていた。彼が自ら進んで魔法国家に足を踏み入れ、あまつさえ、抗争を仕掛けるような真似などするはずがないだろう、と。だから後は、ロレッタ自身が戦争に参加する覚悟さえ決められれば、全て丸く収まるはずだった。でも彼は、リューズナードは、ここに居る。どうして。
(……やめて、来ないで……っ。お願いだから、止まって……!)
彼の強さが、初めて怖くなった。
魔法の使えない身でありながら、刀ひとつで凄まじい戦果を挙げたという彼。きっと、仲間たちや妹の為に、文字通り死に物狂いで刀を振るう彼を、誰も止めることができなかったのだろう。最初にここへ来た時も、人質の件がなければ周りの兵士たちを蹴散らすくらい、造作もなかったはずだ。正当な理由があれば、彼は遠慮なく自身の強さを振りかざす。
でも、それなら、今ここでの行いは、一体なんの為に……?
気が付くと、二十名を超える精鋭揃いの兵士たちも、全ての兵士の中で最も腕の立つアドルフでさえも、修練場の床に沈められていた。慌てて迎撃態勢を取る。ロレッタは、他者へ向けて攻撃魔法を放った経験がない。放つこと自体も恐ろしかったが、何よりも、初めて放つ標的がリューズナードであるという事実が、ロレッタの心を蝕んだ。
両手が、カタカタ震える。せめて、今からでも、ここを離れてくれたら。ウィレムス家の敷地からも、この国からも、出て行ってくれたら。そうしたら、ロレッタが魔法を暴発させて兵士たちが巻き込まれた、といった言い訳ができるかもしれない。
必死に願ったが、届かなかった。刀を収め、真っ直ぐこちらへ向かって来る。どうにか止まってほしくて、断腸の思いで威嚇射撃までしたのに、躱そうとする気配すらない。
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