99話
「……先ほどは、驚きました」
蹄と車輪が悪路に悲鳴を上げる中、アドルフの静かな声がロレッタへ届く。
「内向的な貴女様が、あのように毅然とした態度で他者へ言葉を返すお姿を、私は初めて拝見致しました。王女殿下に相応しい振る舞いであったと感服するばかりですが、何やら少々、お変わりになられましたか?」
彼がそう感じるのも、無理はないかもしれない。
王宮にいた頃のロレッタは、姉のミランダはもちろん、来客や、家臣である兵士たちにさえ萎縮し、相手の神経を逆撫でしないよう、当たり障りのない言葉しか発そうとしなかった。それが、ミランダから呆れられ、来客たちから嘲笑される理由になっていると分かっていても、自己評価の低さ故に変えることができなかった。
けれど、村で生活するようになり、様々な人々と触れ合う中で、少しずつロレッタの意識が遷移していった。自分の考えを持ち、それを言葉にして伝えなければ、対等な関係を築くことなどできない。
変わったように見えるのなら、あの村の住人たちが変えてくれたのだ。ロレッタは以前よりも少しだけ、自分のことを好きになれたような気がする。
「……そうかもしれませんね」
「左様ですか。……王宮へ到着致しましたら、まずは衣服をお召し替えください。失礼ながら、現在の装いでは、ミランダ様のお気に障る可能性がございます」
「……はい」
ロレッタに会話を続ける意思がないことを汲み取ったのか、それきり、アドルフも口を噤んだ。
久しぶりの故郷、久しぶりの生家、久しぶりの私室。
全て見慣れた光景のはずなのに、何故だかロレッタには、あまり「帰って来た」という実感が湧いていなかった。深々と頭を下げる使用人たちに促され、軽くシャワーを浴びる。油に火を灯して明かりを点ける必要も、井戸から水を汲んでくる必要も、薪をくべて湯を沸かす必要もない。どれも指先一つで簡単に行える為、最低限の時間で済んだ。
ジーナが仕立ててくれた服を使用人に預け、王宮専属の洋裁師が仕立てたドレスに着替えた。鮮やかに染色された布地や、煌びやかな装飾が美しかったけれど、なんだか目がチカチカしてしまう。
美しいドレスを着て、高いヒールを履いて、豪奢な宝飾品を身に付けた自分の姿は、どこからどう見ても王女だった。土弄りなんてしたこともないような引き籠りの第二王女、ロレッタ・ウィレムスが、鏡の向こうから淋し気にこちらを見詰めている。無理やり口角を上げてみたものの、ぎこちない。
ふう、と一つ深呼吸をしてから、謁見の間へと向かう。荘厳な扉を使用人たちが開けば、その先には、玉座に悠々と腰掛けるミランダの姿があった。壁際には十数人の兵士と、アドルフの姿もある。
「遅い。さっさと、こちらへいらっしゃい」
「……はい、お姉様」
抗えた試しのない声に、小さく肩が跳ねる。畏怖と劣等感を同時に煽られるようで、どうにも苦手だ。大人しく部屋の中央まで進んだ。
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