100話

「お久しぶりです。ただいま戻りました」


「挨拶なんて要らないわよ。お前を相手にそんなもの、時間の無駄でしかないのだから。余計な口は挟まないで」


「……申し訳ありません」


 ロレッタが頭を下げると、ミランダは、ふんっ、と鼻を鳴らした。


「おおよその話は聞いているわね?」


「はい。雷の国シトリン風の国アクロアイト土の国アンバーの三国間で緊迫状態が続いている、と」


「ええ。正確には、雷の国シトリン風の国アクロアイトが睨み合いをしていて、領土の近い土の国アンバーが厳戒態勢を敷いている、といったところかしら。南東の二ヶ国で小競り合いしているだけなら放っておいても良かったのだけど、土の国アンバー全土にまで戦火が広がったなら、そのまま水の国アクアマリンまで飛び火する可能性も出てきてしまうわ。だから、火を消し止める用意をしておく必要があるの」


 ロレッタは大陸の勢力図を頭に思い浮かべた。


 雷の国シトリンは大陸南東に位置しており、その西側に風の国アクロアイト土の国アンバーが順に並んでいる。水の国アクアマリン土の国アンバーの北にあり、森を挟んではいるが領土が地続きになっている為、大地を操る魔法を得意とする土の国アンバーが国を挙げて戦争へと乗り出した場合、影響が出ないとも限らない。


 また、戦乱に乗じて他国の兵が水の国アクアマリンの領土まで踏み荒らす可能性だって考えられる。それを食い止めるのが、事前に聞いていた「国防としての戦力」なのだろう。敵国へ攻め込む為の戦いではなく、自国を守る為の戦い。ようやくロレッタにも事態が呑み込めてきた。……しかし。


「その役を私に、ということでしょうか? 恐れながら、とても勤まるとは思えませんが……」


 ロレッタが戦闘に向いていないことは、ミランダも承知のはず。それなのに、どうして自ら国外へ送り出したロレッタを、わざわざ呼び寄せようと考えたのか。その真意が分からない。


「そうね。私も、そう思っていたわ。少し前までは、ね」


「え……?」


「私がこれまで、お前を政治や戦争に関わらせなかったのは、単純に、役に立たないと思っていたからよ。頭の回転も、魔法を操る能力も、人並み以下だと思っていたの」


「…………」


「でも、後者に関しては、少し違ったみたいね。……数週間前、大陸北東の海域上に水魔法の使用を示す光が現れた、と報告を受けたわ。話を聞くに、水を転移させていたのかしらね?」


「!」


「それも、かなりの量の水を、日暮れから明け方まで、一晩中。そんなの、平民の魔力でできるわけがないもの。お前がやったのでしょう?」


 数週間前、海の上、水の転移。間違いなく、村が嵐に見舞われた日の出来事だ。水害を防ぐ為、ロレッタが増水した河川の水をひたすら海へと送り込み続けた、あの夜。転移先の状況までは把握できていなかったが、突然現れた魔力の光を警戒して見張っていた人間がいたとしても、なんら不思議ではない。


「……はい。私が実行したものです」


「そうよね。魔法の使い方なんて、とうに忘れたものだと思っていたのだけれど、お前もちゃんとウィレムス家の人間だったのね。その膨大な魔力があれば、前線で敵の攻撃を防ぐくらいはできるでしょう?」


「…………」


「もちろん、お前自身が狙われて簡単に落とされたのでは、話にならないわ。だから、最低限の戦闘訓練はしてもらう。その上で、後はひたすら魔力の障壁を張って、うちの兵士たちの盾になりなさい。細かい軍事行動なんて、どうせ指示してもできないでしょうからね。倒れるまで魔力を放出し続ける、ただそれだけで良いわよ。倒れても、すぐに叩き起こすけれど」

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