101話

 相変わらず、ロレッタの安否など欠片も視野に入れていない言い分に、虚しさが募る。


 ミランダは昔から愛国心が強く、国を守る為ならば、どんな手段でも躊躇わずに実行してきた。国の利益だけを追求し、そこに不要な私情や感情論は挟まない。使えるものを余すことなく使い倒し、目的までの最短ルートを突き進んで行く。例え、その過程で妹が犠牲になろうとも。


 しかし、これでミランダの要求は分かった。彼女がロレッタに望んでいるのは、こちらの意思によってその成果が大きく変動する類のものだ。それならば、交渉材料にする余地がある。


 ロレッタは、大きく息を吸い込んだ。


「承知致しました。……ですが、そのご命令を遂行する代わりに、私からもお姉様にお願いしたいことがあります」


 ミランダが眉を顰めた。周囲の兵士たちも、顔には出さないが動揺している。ロレッタがミランダに意見する、なんて光景を、これまで誰も見たことがなかったからだ。


「……お前が、私にお願い?」


「はい」


「生意気だこと。……聞くだけ聞いてあげるわ。何よ」


「ありがとうございます。……私が、お姉様の望む働きを成し遂げた暁には、私とリューズナードさんとの婚姻、並びに、それにまつわる契約を破棄していただきたいのです」


 ミランダの表情が険しくなっていく。


「このひと月、共に生活をする中で理解致しました。あの方は、魔法国家へ仇なす意思など持ち合わせておりません。こちらから干渉しない限り、水の国アクアマリンへ危害を加えることもないでしょう。最初から、あのような契約など不要だったのです。……私のことはどのように扱っていただいても構いませんので、どうか、村にも、リューズナードさんにも、今後一切、関わらないでいただきたく存じます……!」


 深く、深く、頭を下げた。


 そもそも、魔法国家が魔法の使えない人間に執着する理由などない。自国から脱走されたところで、国の機密を握っているわけでも、居なくなると困るほどの重役を担っているわけでもないのだから。仮に反乱を企てられたとしても、魔法という絶対的な力の差がある以上、脅威にもならないだろう。


 唯一、リューズナードは異例だが、その彼だって「魔法国家を侵略する意思はない」と断言していた。今さら武力による反乱を起こしたところで、彼らが長年に渡って与えられてきた傷は、何一つとして無かったことにはならないのだ。


 ――私たちは静かに暮らしていたいだけ。


 ――関わらないでいてくれれば、もうそれで良いんだ。


 皆が口を揃えて零すこれらの言葉が、全てを物語っている。


 これ以上、彼らから平穏を奪わないでほしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る