102話

「……言いたいことは、それで全部?」


「は、はい……」


 ロレッタが恐る恐る顔を上げると、同時にミランダが重く息を吐いた。


「やはり、お前は政治に関わらせなくて正解だったわね」


「え……」


「聞くだけ時間の無駄、話にならないわ。……考えてみなさいよ。どんな御託を並べたところで、最終的に、あの男は私との契約を呑んだのよ? それはつまり、他の国が同じ手段を使って契約を迫った場合でも、あの男は頷く可能性があった、ということ。そして、その国に兵役を課されたのなら、あの男は魔法国家にだって牙を剥くわ。かつて戦場に立っていたという経歴が、何よりの証拠でしょう。本人にその意思があるかどうか、なんて関係ないのよ」


「……!」


 リューズナードが炎の国ルベライトの兵として戦場に出ていたのは、妹や仲間たちに居場所を作る為だった。そして、この王宮まで乗り込んで来たのは、攫われたネイキスを救う為。仲間を守る為ならば、彼はたった一人で、どんな無茶だってしてみせる。そんな姿を、ロレッタも散々見てきた。


 自身の命よりも遥かに大切にしている仲間を、人質に取ること。それが、彼を動かす最も合理的な手段なのだと、今なら納得できる。


「……お姉様が、彼に兵役を課さなかったのは何故ですか?」


「そんなことも分からないの? 本当に愚劣な妹だこと。それこそ、非人の村での生活を体験したお前のほうが、より鮮明に想像できるのではなくて?


 自分たちを守る為にあの男が一人で戦い続けることを、あの村の住人たちは望まない。そして、自分の為に住人たちが心を痛めることを、あの男は望まない。民衆の小さな不満というのは、積み重なればやがて大きな反乱の意思へと変わるわ。その兆しを見逃して滅んだ国が、この大陸の長い歴史の中で、どれだけあったことか。歴史から学びを得ないのは、愚か者の証よ」


「…………」


「もちろん、戦力として抱え込めるに越したことはなかったのだけれどね。最も重要なのは、あの男に『水の国アクアマリンへ危害を加えない』と誓わせることなの。どれほど立場が上だったとしても、こちらの要求だけを一方的に押し付けるのでは、駄目。芯の部分を確実に呑み込ませる為に、周りの部分は妥協してやっているという素振りを見せる。交渉とは、そういうものよ。


 ……まあ、私と同じ手段を取ったとして、他所の国の愚王共がどう考えるかまでは、私の知ったことではないけれど。欲を出し過ぎて噛み付かれでもしたら、盛大に笑ってやるわ」

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