103話
契約について、サラとウェルナーにそれぞれ打ち明けた時のことを思い返す。
二人とも、話の内容に驚きはしていたが、今すぐ契約を破棄させる為の行動を起こさなければ、と焦っている様子はなかった。他の住人たちに広めて大ごとにする様子も。それは、ロレッタが村へ来ること以外に、これといった影響がなかったからだ。
しかし、もしも契約内容にリューズナードの徴兵が含まれていたら、どうだっただろう。
自分の子供が引き金となって彼に重責を担わせることになるサラも、彼が一人で戦場へ出て傷を負う姿を過去に見てきたウェルナーも、きっと黙ってはいなかった。他の住人たちだって、話を聞けば、二人と遜色ない反応を示したはずだ。そして、住人たちが暴動でも企てようものなら、仲間を守る為にリューズナードも動かざるを得なくなる。ミランダの言う「反乱の意思」が、穏やかな村の中に渦巻くことになったに違いない。
その可能性まで考慮した上で、あの契約書を事前に用意していたのか。自分の要求は確実に通し、相手の反論の余地は予め潰していた。初めて真正面から対峙した姉の手腕に、改めてゾッとする。
「話は終わりで良いかしら? まったく、余計な時間を取らせないでよ」
「……いいえ、お待ちください」
鬱陶しそうな表情を隠しもしないミランダに、往生際悪く食い下がる。このまま終わらせてしまったら、わざわざ王宮まで戻って来た意味がない。どうすれば、なんと言えば、何を差し出せば、ミランダの気が引けるのか。ロレッタは必死に思考を巡らせた。
「それでは……私が、リューズナードさんの代わりになることができれば、諦めていただけますか?」
「は?」
虚勢だとバレないように、強い意思を込めて姉の瞳を見返した。
「今は遠く及びませんが、私が戦闘訓練を積み、彼と同等の身のこなしを手に入れることができたなら、王族由来の魔法を使える私のほうが、戦力としては上になるはずです。万が一、
徴兵を課さなかったのは妥協の結果であって、ミランダがリューズナードを戦力として欲しがっている事実は、最初から変わっていない。先ほど、本人も認めたところだ。
だから、自分がその役を担うことができれば、ミランダの興味を彼から引き剝がせるのではないか。ロレッタはそう考えた。
身体能力も、実戦経験も、度胸も、今は何一つ及ばない。これから彼に追いつこうとした場合、血反吐を吐くくらいでは到底足りないような修練が要求されるだろう。それこそ、実際に戦場へ出て、肌でその感覚を掴む必要があるのかもしれない。
怖くない、と言えば、嘘になる。しかし、なんの取柄もない自分にも温かく接してくれた住人たちの笑顔を思い浮かべれば、自然と立ち向かう勇気が湧いてくる気がした。
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