98話
「『こいつ』呼ばわりするな、無礼者。お前には関係のない話だ。部外者が口を挟むな。……詳細は、ミランダ様より直々にご説明いただける、とのことでした。ご対応願えますか、ロレッタ様」
「…………」
他国の情勢も、戦の実情も、姉の思惑も、ロレッタには何一つ分からない。けれど、確かなこともある。今、目の前には、ロレッタの欲しかったものが揃っているのだ。
即ち、祖国への移動手段と、姉に謁見する機会が。
(
この村とも、リューズナードとも、縁を切るよう直談判しに行ける。こんな好機は、恐らくもう巡ってこない。ロレッタは、ぎゅっ、と手を握った。
「血溜まりを見て腰が引けるような奴に、何を期待している? 戦場で役に立つはずがないだろ!」
「黙れ、と言ったつもりだったのだがな。非人は言葉も通じないのか?」
「あ゛あ……?」
「……承知致しました。参りましょう」
「!? 何を言っている、おい!」
自身や仲間たちが危険に晒されているわけでもないのに、やたらと食ってかかっているリューズナードの横を離れた。彼がミランダとの交渉に反対していた理由は聞けず仕舞いだったが、今更、詮の無いことだ。協力を仰ぎ、彼の手を煩わせる必要もなくなったのだから。
この先は、ロレッタが一人で片を付けなければならない。姉の横暴を止められず、住人たちを巻き込んだ贖罪を果たしに行くのだ。
中で待機していたもう一人の兵士に誘導され、ロレッタは馬車へ乗り込んだ。リューズナードが動き出そうとする気配がしたが、すかさずアドルフが水魔法を放って静止させる。
「まだ何か用があるのか? ロレッタ様が自ら決定されたことだぞ。妨害する権利も理由も、お前にはないだろう。……一歩でも動けば、
「……っ」
リューズナードの息を呑む音が微かに聞こえて、胸が痛くなる。今はまだ、彼と姉との間で交わされた契約が生きているから、アドルフの最後の言葉が脅しとして機能してしまう。その効力を失くす為の戦いを挑みに向かうのだ。
運転役に「出せ」と短い指令を下したアドルフが、馬車へ乗り込んだ。間もなく、馬の鳴き声と、蹄が地面を蹴る音が響き、やがて台車も動き始める。
(……ああ、花束は持って行きたかったわ……)
それだけが、唯一の心残りだった。
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