88話
険しい顔で黙り込んだリューズナードを見て、ゲルトがため息を吐いた。
「……お前、さては相当やらかしてるな? 大ごとになる前に、謝ってこいよ」
「……謝る……」
「悪いことしたら、ごめんなさい、だろ? そんなの、子供たちだってできるぞ。お前はもう、いい大人だろうが。ったく……そんな怖い顔ばっかしてるから、ロレッタちゃんが何も言い出せなくなるんだよ。反省しろ」
「! …………」
怖い顔、とは一体。彼女の前で、今まで自分はどんな顔をしていたのか。反省しろと言われても、自覚がないのでどうにもならない。しかしそれが、彼女が何も言ってこない原因になっているのならば、やはりこちらが「悪いこと」をしていた、ということなのだろうか。
さらに深く考え込みそうになったところで、正面の道からウェルナーが歩いて来るのが見えた。ズカズカと足早に近付いてきた彼は、目の前で大きく右腕を振りかぶったかと思うと、そのままリューズナードの頭を思い切り引っ叩いた。
「いっ……!? なんだ!!」
「なんだ、じゃねえ! お前、ロレッタちゃんに何したんだよ!?」
「あ゛あ!?」
ふわふわもモヤモヤも綺麗に消し飛び、理由も分からず与えられた痛みのみが残ったリューズナードは、相手がロレッタであれば竦み上がっているような剣幕でウェルナーを睨んだ。けれど、ウェルナーはそんなものでは怯みもしない。そしてそれは、他の住人たちも同じだ。
そんな人々に囲まれた生活に慣れきってしまったからこそ、リューズナードには、ロレッタが自分に対して萎縮している理由が、さっぱり分からないのである。
「ちょうど良かった、ウェルナー。こいつ、ロレッタちゃんに相当やらかしてるみたいだから、謝りに行け、って言ってたところだよ」
「あ゛あ!? ……ああ、そうなの? いやでも、もう普通に謝るだけじゃ足りねえよ、あれは! 日頃の感謝とかも伝えて……あと、あれだ。プレゼントでも持って行け!」
「プレゼント……?」
「ロレッタちゃんの好きな物! 花とか、食い物とか、服とか、アクセサリーとか、なんか一つくらい知ってるだろ? 一緒に住んでるんだから!」
そもそもウェルナーが何故これほど怒っているのかもよく分からなかったが、異なるタイミングで声をかけてきた友人二人が、揃って「謝りに行け」と言うのだから、よほど深刻な状況なのかもしれない。
彼女の、好きな物。考えてはみたものの、思い当たる物がなかった。
以前、ルワガの実を食べて嬉しそうにしていた記憶はあるが、あれは魔力が回復して体調が楽になったからであって、味が好きなわけではないのだと思う。この村の料理が好きだ、とも言っていたが、そう言えば具体的に何が好きなのかまでは聞かなかった。それから、手を握られた時も微かに笑っていたが、あれは未だに意図が分からない。
――これら以外に、彼女の笑顔を見た記憶がない。彼女がどうすれば喜ぶのか、見当もつかない。
リューズナードは、ロレッタのことを、何も。
「……知ら、ない……」
ぼそりと呟いたリューズナードに、友人二人が信じられないものを見るような目を向ける。
「お前、本当さあ……ロレッタちゃんがあんなに歩み寄ろうとしてくれてんのに……!」
「捨てられても文句言えねえな、これは。もう大人しく帰してやったほうが、ロレッタちゃんの為なんじゃねえか……?」
「…………」
愛想を尽かすだの、捨てられるだの、偽りの婚姻にまつわるあれこれは一旦、置いておくとして。
悪いことをしたら、ごめんなさい。それは、素直にその通りだと思った。
彼女が自分にだけ何も言ってこないのも、すぐに謝ってくるのも、笑顔を見る機会が極端に少ないのも。全ては、彼女が自分を怖がっているからなのではないのか。その可能性に、リューズナードはようやく行き着いたのだった。
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