89話

――――――――――――――――――――



 翌日も、ロレッタは旅支度に悩んだ。


 大陸の地図は王宮でも何度も目にして覚えているので、持って行く必要はない。寝床の他には、水と食料、怪我をした時の為の包帯、火を点けられる道具、ナイフ、少しの着替え、それらを詰め込める鞄、あとは方角を確認できる手段も欲しい。


 考えれば考えるほど荷物が増えてしまって、辟易する。自分の腕力と体力で持ち運べる荷物の積載容量など、たかが知れているのに。


 寝床は最悪、テントでなくとも、体を完全に包み込める厚手の布があれば、なんとかなりそうだ。早めに用意して、それで眠れる訓練をしておけば良い。薄くて硬い布団にだって順応できたのだから、要は慣れだ。ただ、それを用意するにもやはり、裁縫の技術は必要だろう。


 食料については、村から持ち出して行くのは気が引けるので、なるべく道中で現地調達したい。そうなると、口にして平気な物と、そうでない物とを見極めるスキルも必要になる。すぐにでも勉強を始めたいところだが、誰に聞けば良いのだろうか。


 火を起こす方法は、村での生活の中で学んでいる。火打石と火種があれば、どこででも着火は可能なはずだ。ただ、住人たちが自宅で使用している火打石は少々特殊な素材で作られている物らしく、その辺の石では代用できないそうだ。精製技術を習得するべきか、どこかの家庭で余っている物がないか尋ねて回るべきか。


 包帯やナイフも、尋ねて回ればどこかの家庭で分けてもらえるかもしれない。しかし、方角を知る道具だけは、村の中では見かけたことがなかった。方位磁針には磁石が要るが、そんな物、そもそもこの村で製造可能なのだろうか。鍬や斧など、鉄製の道具を作る技術はあるのだろうけれど、生活必需品でない磁石となると、果たして。


(……そう言えば、リューズナードさんは、どうやって水の国アクアマリンまで移動したのかしら?)


 ネイキスが攫われたという報せを聞いた後、どのような手段を用いて水の国アクアマリンまでたどり着いたのだろう。王宮へと乗り込んで来た彼は、長旅用の荷物など持ってはいなかったし、帰りの馬車にもそれらしい物は積まれていなかった。まさか、その身と刀だけで森を抜けた、というのか。


 ……彼ならば、できてしまいそうではある。参考にならない可能性も高いが、一応、移動手段を尋ねてみようか。


 ぐるぐる思考を巡らせながら、ひとまず重要かつ手軽に学習を始められる分野として、ロレッタは裁縫技術を教わりに行こうと考えた。


 この村で最も裁縫を得意としているのは、ジーナという女性の住人である。ジーナはロレッタと歳が近く、さっぱりした性格で、いつも明るく接してくれる。聞いたところによると、嵐でずぶ濡れになったロレッタを着替えさせてくれたのも、彼女だったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る