52話
「……ロレッタ。お前、あのフェンスを登って越えることはできそうか?」
少しして、怒りも謎の赤面も収まったらしいリューズナードが、王宮を見据えながら問うてきた。敷地へ侵入する段取りの打ち合わせだ。
広大な敷地の外周は、鋳造と思われるアイアンフェンスで囲われている。意匠を凝らした緻密なデザインが、火の玉に照らされて幻想的に浮かび上がっていた。頂上は剣先を模したのだろう鋭利な形をしており、あの上で手足を滑らせれば大怪我をしそうな気配がする。一日動き回って限界が近い今の体で、スムーズに越えられるとは思えなかった。
「申し訳ありません。私には、難しいかと思います……」
「謝る必要はない。それなら、
正門の付近には、軽く二十名は超えそうな数の兵士たちが集結している。カーディナルレッドの装束を纏い、深紅の剣を携え、隙のない陣形でロレッタたちを待ち構えている。
あの人数から魔法を一斉に浴びせられた場合に、それらを防ぎきれるかどうか。ロレッタは自分の胸に手を当て、小さく深呼吸して覚悟をきめた。
「――はい。問題ありません」
難しいことはしなくて良い。ただ、向かって来る攻撃を全て防ぐだけ。リューズナードを守り抜き、彼が進む道を切り開くだけ。それが今、自分にできる唯一の仕事であると胸に刻み込む。
「そうか、信じるぞ。……よし、行くぞ!」
「はい!」
先に駆け出したリューズナードの背を追って、ロレッタも物陰から飛び出した。もうまともに身を隠せる場所はない。後戻りもできない。激しい心音を自覚しつつ、必死に足を動かして進む。
兵士たちが、ロレッタたちを見つけて叫んだ。
「敵を捕捉! 捕らえろ!」
敵陣から高々と火柱が上がった。数秒後に消失したそれは、味方へ敵襲を報せる合図か何かだったのだろう。残存勢力も、総大将たる国王も背後の王宮に控えている為、もはや無線機で細やかな連絡を取り合うより、はっきりと視認できる大きな信号を打ち上げてしまったほうが早い。
続けて、正門を含む敷地の正面一帯が、炎の壁で覆われた。十名弱の兵士たちが協力して創り上げた、侵入者を拒む防壁だ。闇夜の中に突如として出現した光源に、ロレッタは目を細める。周辺の気温も一気に上昇した気がした。しかし、立ち止まるわけにはいかない。
予想通り、兵士たちはロレッタたちへ向けて一斉に魔法を放ってきた。炎を球状に圧縮した火炎弾、火炎放射器のように剣先から放たれる猛火、路面を這いながら迫り来る溶岩。あらゆる角度・方向から、こちらの侵攻を阻む為の攻撃が襲来する。
「ロレッタ!!」
「は、はい!」
怯みそうになっていた心を見透かしたかのように、リューズナードがロレッタの名前を呼んだ。自分の仕事と覚悟を思い出したロレッタは、一度その場で足を止めると、両手のひらを敵が放った炎魔法へ向け、照準を合わせて思いきり水魔法を放った。
重く圧し掛かる闇を押し返した青い光が、
たった一人の力に押し負けるとは思わなかったのだろう。兵士たちが驚愕し、目を見開いているのが見えた。そして、そんな彼らの足元で、炎の明かりを反射した鋼の刃がギラリと光る。
「うわああぁ!?」
いつの間にか敵陣へ斬り込んでいたリューズナードが、兵士たちを一人、また一人と沈めていった。多対一の構図は彼の得意とするところである。自ら刀を振り抜き、時には同士討ちも誘って、着実に数を減らしてゆく。
こうなると、下手な加勢は却って邪魔になってしまう。最初の猛攻をほとんど凌ぎきった今、ロレッタにできることは、敷地内への侵入経路を確保することくらいだ。燃え盛る炎の壁を見上げる。
(あの壁を残らず消滅させる必要はないはず。私とリューズナードさんが
どうしたものかと考えた末、ロレッタはミランダの魔法を真似してみることにした。
魔法は自由。想像力と技量次第で、どんなものでも創り出せる。しかし、戦闘経験の浅いロレッタは、選択肢が多すぎると何をすれば良いか分からなくなってしまう。そんな時、頭に思い浮かぶのは、姉や自国の兵士たちの姿なのだった。
リューズナードが敵を蹴散らし、正門付近からも離れたことを確認すると、ロレッタは再び魔力を練って放出した。炎の壁に水の柱が激突して、大量の水蒸気が発生する。しばらく均衡を保っていたものの、やがてロレッタの魔法が敵の魔法を打ち破り、炎の壁に風穴が空いた。
「リューズナードさん!」
「! ああ!」
今度はリューズナードがロレッタの声に反応し、進行方向を変える。気付けば敵兵は半分以上が地に伏していた。尚も追って来る敵を捻じ伏せながら、炎の壁を潜って正門へと到達する。ロレッタも後に続いた。
正門は外観こそ一般的な金属に見えたが、猛火の熱やロレッタの魔法を受けても崩れていないことを考えると、恐らく魔法耐性の高い素材が使用されているのだろう。頑張れば壊せないこともないのだろうけれど、時間も魔力もかなり使ってしまいそうだ。
「ロレッタ、下がれ」
「え。……は、はい……?」
突然の指示に困惑しつつ、大人しく引き下がるロレッタ。何をするつもりなのかと見守っていれば、彼は王宮の荘厳な正門を、なんの躊躇もなく蹴り付け始めたのだった。ガン! という荒っぽい轟音に驚いて、ロレッタは小さく悲鳴を上げる。
さすがに一度や二度ではびくともしていない様子だったが、繰り返すうちに門がみるみるひしゃげて原型を失くし、頼りなく歪んでいった。とどめにリューズナードが体を一回転させてとびきり強烈な回し蹴りを叩き込むと、ついに門が限界を迎えて開け放たれた。
そう言えば彼は、
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