8話
「ヒビトの分際で、国の戦力に風穴を空けるほど腕が立つのが厄介なのよ、その男。だから、どこの国も敵に回したくはないし、できることなら懐柔して味方にしておきたいと考えていたのだけど、本人が取り合おうとしないから手を焼いていたの。でもようやく、そこの坊やが一人で村の外に出てくれたのをウチの兵士が見つけて、話し合いの場を設けることができたというわけ」
「最初から、まともに話し合う気なんてなかっただろう」
「それは、あなたも同じでしょう?」
リューズナードの意識が逸れた隙に、ロレッタは転がった筆記用具を手に取り、恐る恐る書類を回収した。書類は2種類。片方はミランダの要求を記した契約書、もう片方は
婚姻届けの内容を確認したところ、彼がウィレムスの姓を名乗るのではなく、ロレッタが彼の姓を名乗る形となるようだった。下民の生まれだという彼に王族の姓を名乗らせたくなどないし、ロレッタに関しても、何かあれば「すでにウィレムス家の人間ではなくなっているから責任は取らない」とでも言って放り出す気でいるのだろう。
そして契約書には、おおよそ次のようなことが羅列してある。
・ロレッタとリューズナードの婚約は国で正式に受理し、大陸全土へ通達する。
・今後、
・ロレッタの安全を保障し、最低限の生活をさせる。
・以上を1つでも破った場合、
(………)
ここで言う「処分」はきっと、リューズナード本人ではなく彼の仲間たちへ矛先が向けられる。自分が狙われるだけならばどうとでも対処できるのかもしれないが、現在捕らえられている少年のように、自己防衛が間に合わない者もいるはず。そちらに手を出されるほうが、彼にとっては深い傷になりそうだ。
ロレッタの身を案じるような文言もあるものの、本当に気遣われているわけではないことくらいは分かる。自分が彼の横にいたところで、奴隷のような扱いをされていたのでは意味がない。
「お前は内容なんて理解しなくて良いのよ。さっさと書きなさい」
「……はい」
ミランダの言う通り、目を通すのも時間の無駄のように思えてきた。中身を知っていようと知っていまいと、自分にできることなど何一つないのだから。全てを諦めたような心地で、ロレッタは自身の今後の人生を左右する紙切れに名を刻んだ。
二つの書類が兵士によって回収され、ミランダの元へと届けられる。書面を確認した彼女は、うっとりと目を細めて笑った。
「契約成立ね。なんの取柄もない妹だけれど、精々よろしく。……そうだわ。せっかくだから、誓いの言葉の一つでも置いていってもらおうかしら」
「あまり調子に乗るなよ。誰がそんなことまで……」
「あら? よく聞こえなかったわ。この坊やはもう要らない、と言ったの?」
「っ……!」
皮膚を突き破りそうなほど強く拳を握り締め、音が響き渡りそうなほど強く歯を食い縛りながら、リューズナードがロレッタの眼前で跪く。そして、嫌悪と憎しみに染まった瞳を隠そうともしないまま、誓いの言葉を口にした。
「……ロレッタ・ウィレムス王女殿下。私と――離婚を前提に、結婚してください」
彼の最後の抵抗を乗せた、通常の婚儀ではあり得ない宣誓に、ミランダだけが高らかな笑い声を上げたのだった。
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