7話

「ロレッタ」


「! ……は、はい?」


 冷たい声に呼ばれて振り向くと、ミランダが無関心な目でロレッタを見ていた。


「何を呆けているのよ。お前も書きなさい。結婚だと言ったでしょう?」


「え……あ、はい……」


 姉に反抗するどころか、余計な口を挟む勇気さえない自分を恥ずかしく思いながら、ロレッタは小走りで男の元へ駆け寄る。


 集まっていた兵士たちが、一斉に道を開けた。その先には当然ながらリューズナードがいて、床に広がった書類を親の仇でも見るかのような目つきで睨んでいる。


 ロレッタが近くで足を止めると、彼は鋭い目線だけをこちらへ寄越した。そして右手で持っていた筆記用具を、乱暴に投げ付けてきた。脛のあたりにぶつかったそれに、反射で小さく悲鳴を上げてしまう。


 これから自分は、この男の伴侶にならなければならない。その事実が恐ろしくて堪らなかった。


「……そうね。形式だけでも夫になる相手のことなのだから、少しだけ教えておいてあげましょうか」


 機嫌の良さそうなミランダの声が聞こえる。


「その男の名は、リューズナード・ハイジック。元、炎の国ルベライトの剣士。下民の生まれで、しかも生まれつき魔法が使えないという下等な生物よ。けれど、刀一つで他国の兵を相手に凄まじい戦果を挙げ続け、炎の国ルベライトの王宮騎士団に抜擢された。そして数年前、その騎士団をたった一人で壊滅させて逃亡。現在は、自分と同じく魔法の使えない連中を集めた集落でみすぼらしい生活をしている。……だったかしら?」


「………」


 何も言い返さない、ということは、全て真実なのだろうか。男の出自について、ここでミランダが嘘を吹き込む理由もない。


 水の国アクアマリンと並ぶ魔法国家の一つ、炎属性の魔法を得意とする王族が統べる国・炎の国ルベライト水の国アクアマリンでは近衛兵団と呼んでいるが、炎の国ルベライトでは騎士団と呼ばれているらしい王族直下の兵隊の中でも、彼は特別強い剣士だった。先ほどの身のこなしを見れば、それが偽りでないことは分かる。


 そして、なんらかの理由で国を捨て、今は別の場所で暮らしている。そこもひとまずは飲み込める。それよりも、だ。


(……生まれつき、魔法が使えない……?)


 ロレッタが最も強い引っ掛かりを覚えたのは、そこだった。扱える魔力の量には個人差があると教わったけれど、全く扱えない人間がいるだなんて、聞いたことがない。王宮で居場所を失くしつつあったロレッタでさえ、子供の頃から当たり前に魔力操作ができていた。だから、それができない人間がいる可能性など、考えもしなかったのだ。生まれつき、と言っていたから、つまりは体質の問題なのだろうか。

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