6話

 一直線に突き進んだ矢じりは、その先にそびえる部屋の壁を深く抉り取って霧散した。風圧なのか、実際に掠っていたのか、ネイキスの前髪がはらはらと揺れている。突然のことに声も出なかったようで、彼はただ静かに涙を流していた。ロレッタも思わず息を呑む。


 リューズナードが立ち上がって身を乗り出そうと動いた。


「ネイキス!!」


「動くな!」


「邪魔だ、どけ!」


 水の槍を向けていた兵士が制止を試みるも、俊敏な動作で武器を構えている手を抑え込まれ、鳩尾に肘を入れられ、背負うような体制から一気に床へと叩き付けられた。背中を強かに打ち付けた衝撃で魔力の制御が乱れたらしく、水の槍が消滅する。仰向けで咳き込む兵士の喉元へ、今度はリューズナードが刀の切っ先を突き付けた。


 部屋の端に控えていた兵士たちが一斉に取り囲んだものの、リューズナードの剣幕に気圧されて動けずにいる。


 ミランダが、スッと目を細めた。


「……本当はね、味方にできないと判断した時点であなたを殺すことだって、手段の一つとして考えてはみたのよ? けれど、炎の国ルベライトの二の舞にでもなったら笑えないもの。だからなるべく穏便に、と思っていたのに」


誘拐と脅迫これのどこが穏便だ、外道が」


「あなたの聞き分けが悪いからでしょう。それ以上暴れるなら、子供は無事では返せなくなるわ。村の安全も保障できない。どうするのが一番良いのか、分かるわよね?」


「……………、くそっ!」


 ミランダを鋭く睨みつけていたが、視界の端に怯えきったネイキスの姿を捉えると、ようやく観念したらしい。リューズナードが自分の足元でぐしゃぐしゃになっていた書類を乱暴に広げ、筆記用具で文字を書き殴り始めた。


 姉を相手にここまで抵抗し続けた人間を、ロレッタは見たことがなかった。権力も魔力も知力も持ち合わせる彼女を敵に回せば、どんな仕打ちが待っているか分からない。王宮で働く近衛兵や、身内であるロレッタでさえ、彼女を前にすると緊張が走る。


 それなのに、リューズナードには怯む気配が全くない。それどころか、人質の件がなければ、最後まで折れることもなく、直接姉に切り掛かっていたのではないだろうか。そんな様子さえ見て取れる。


 王族を敵に回すことも厭わないほど、彼にとっては仲間が大切なのだろう。それに、自分は槍を突き付けられても黙っていたのに、少年の怯えた顔を見るなり、怒り狂って兵士を投げ飛ばした。大切な人のために本気で怒ることができる、情の厚い人間なのかもしれない。


 父が病床に臥せて以降、他者から大切に扱われた記憶がないロレッタは、なんとも言えない不思議な気持ちで男を見詰めた。

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