29話

 通用口にはすでにフェリクスが待機していて、ロレッタを見るなりなんとも言えない顔をした。


「……一緒に来るんですか」


「はい。ご存知の通り、私は魔法が使えます。加えて、母国で多少の戦闘訓練も受けておりますので、戦力になれるかと」


 本当は、実戦経験が皆無なので戦力になれるのかは怪しいところだ。しかし、それを今言及してもフェリクスに不安を与えるだけ。虚勢だとバレないよう、真っ直ぐに言葉を放つ。


「……そうですか」


 フェリクスからは、それ以上何も返ってはこなかった。


 静かなやり取りが終わったところで、リューズナードが通用口に手を掛ける。


「ここで少し待っていろ。周囲に敵が潜んでいないか、確認してくる」


 そう言うと、彼は一人で外へと出て行ってしまった。


 会話が弾む様子もなく、大人しく待つこと十数分。戻って来たリューズナードは平然としていたが、ズボンの裾に赤黒い飛沫が付着していた。本人が怪我をしているわけではなさそうなので、返り血を浴びたのだろう。ロレッタは無意識に身を強張らせる。


 同じく、それに気付いたらしいフェリクスが尋ねた。


「……敵、居たんですね」


「ああ。お前が連れて来た奴らが、な」


炎の国ルベライトの兵ですか。……殺したんですか?」


「殺しても仕方がないだろう」


「なんでっ……別に問題ないでしょう、あんな奴ら!」


 熱くなるフェリクスを見て、リューズナードが溜め息をつく。冷静なままの彼に促され、ロレッタたちも村の外へ出た。敵が居なくなったのだろう道を、リューズナードについて行く形で歩き出す。


「お前、炎の国ルベライトの人間の癖に知らないのか? 騎士団の連中は、殺しても死なないんだよ。……いや、一度死んではいるのかもしれないが、その後すぐに生き返るから無意味だ」


「い、生き返る……?」


 信じ難い説明に、ロレッタはつい口を挟んでしまった。横を歩くフェリクスも、目をぱちくりさせている。


 ぬかるみの残る地面を踏みしめながら、リューズナードが続けた。


炎の国ルベライトの第一王子レオン・バッハシュタインの魔法が掛かっているからな。恐らくは、この大陸でもあいつしか使えない、現存している全ての治癒魔法の上位互換――蘇生魔法が」



――――――――――――――――――――



 ロレッタたちが原石の村ジェムストーンを出てから、二日後。


 切り立った崖の端に愛馬を停め、ナディヤは眼下に広がる光景をうっとりと眺めていた。視線の先には、鬱蒼と茂る森の終着点と、水の国アクアマリンの国境付近に位置する街フラスタルがある。


水の国アクアマリンって、本当に綺麗な所だよねえ。お洒落な街並み、豊かな自然、整備された水路……」


 後方に控える数名の部下たちへ語り掛けているのかもしれないし、独り言なのかもしれない。判断がつかない部下たちは、ただ黙って彼女の背を見詰める。


「……これ、全部焼いて良いんだってさあ!」


 ナディヤの恍惚とした表情が、狂気的な笑みへと変わった。


「街も、人も、自然も、ぜ~んぶ消し炭にして良いんだって! 水の都が火の海に沈むなんて、ロマンチックだなあ……。ああ、楽しみ!」


 今回の進軍目的は、水の国アクアマリンの都市機能を破壊することと、避難という名目で国民を一ヶ所に集めること。抵抗する力を奪った上で、仕上げに毒をばら撒けば、間もなく水の国アクアマリンは陥落するだろう。大陸の北側を全て炎の国ルベライトの領土にできる。南の三国が戦争をしている間に体制を整え、決着がついた頃にそちら側へ侵攻すれば、大陸統一も夢ではない。


 正直なところ、毒でとどめを刺すようなみみっちい戦法に、ナディヤはあまり気乗りしていなかった。強い相手と直接戦い、力尽くで捻じ伏せる瞬間が堪らないのに。しかし、国王が「やる」と言っているのだから、仕方がない。自分は精々、前段階を噛み締めてやろうと決めている。


 起動させたままでいた通信機のランプに、受信を報せる光が灯った。


『――こちら、先遣隊。ベルネット様、総員、配置につきました。いつでも侵略を開始できます』


 ナディヤの機嫌がさらに上を向く。愉悦を隠しきれない声音で、高々と号令を出した。


「それじゃあ、行こうか。――燃やせ!!」


 直後、フラスタルの外周を囲うように、点々と火柱が立ち上った。竜巻のように回転しながら、触れるものを飲み込んでは次々と灰へ変えていく。国民を領土の内側に押し込める為の威嚇だ。この火柱の隙間から、兵士たちが順に雪崩れ込む算段だった。


 しかし、


『うわあああ!?』


 街の中から飛んで来た青い斬撃が、火柱の一つを両断した。水と炎、魔力と魔力が衝突し、激しい風を生み出しながら互いに霧散していく。


 斬撃は矢継ぎ早に飛来して、二十本以上あった火柱を、とうとう全てへし折ってしまった。同じ地点から発射されているように見えたので、一人の人間の行いによるものなのだろう。ナディヤは小さく舌打ちする。


「……向こうの兵団長かな。しっかり待ち構えられてるじゃん。奇襲は失敗か。なんでだろ?」


 水の国アクアマリン原石の村ジェムストーンの間に連絡手段が設けられていたことなど、他国の人間は知る由もない。リューズナードが王女と結婚した、という話も聞いたが、どうせ情報操作の為に適当な噂を流しただけなのだろうとナディヤは踏んでいる。彼が、魔法を使える人間を受け入れ、あまつさえ協力するなんて考えられない。


「まあ、良いや。それなら、正面から壊しに行くだけだからね」


 ニタっと笑うと、ナディヤは手綱を強く引き、自身も戦地へ向かった。控えていた部下たちもこぞって後に続く。


 大陸の歴史上、幾度となく戦争を繰り返してきた炎の国ルベライト水の国アクアマリン。その終止符となる最後の戦いが、幕を開けた。

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