第5章 防衛戦

30話

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 整然と敷き詰められた石畳の道路を挟んで、煉瓦やタイル、その他の石材を基調とした建造物が立ち並ぶ。街の入り口にはアーチ状の凱旋門が構えられており、戦地から戻る兵士たちを、いつでも真っ先に迎えてくれていた。この門を潜り抜けることで、兵士たちはようやく生還した喜びを実感できるのである。


 馬車が三台ほどすれ違えるような広さの大通りもあれば、人ひとりがなんとか通過できようかという細い路地もあるが、どこも美しく整備されている為、国の景観を損なうことはない。そこに住まう人々が、一様に国を愛し、協力して美化活動に取り組んでいる証だった。


 美しい街並みを通り抜け、国の中心地たる王都へ向けて歩を進めると、どこかしらで大きな運河か、その支線に行き当たる。浄化された水の上を何そうもの船が行き交い、運送から貿易まで幅広い事業を展開しているのだ。場所によっては、陸路を乗り物で進むより、運河を渡ったほうが早く目的地へとたどり着けるケースもある。長い歴史の中で築かれた、水と人との共生関係こそ、水の国アクアマリン最大の特徴だと言って良い。


 そんな街並みや水路を上から一望できる塔のような建物が、国内の各都市に一つずつ設けられている。主に、外から攻め入ろうとする敵軍の動向を見張る目的で設置されたものである。


 国境都市フラスタルに設置された監視塔の頂上から、計二十発を超える斬撃を放ったアドルフは、自身の左の前腕に走った痛みに眉を顰めた。数週間前の戦いで、忌々しい化け物リューズナードの回し蹴りを受け止めた箇所だ。骨に入ったヒビは凡そ回復しているが、まだ完治したとは言えない。痛みを誤魔化しながらどこまで戦えるだろうか。


 後ろに控える部下が、不安気な面持ちでアドルフに声をかけてくる。


「団長、大丈夫ですか?」


「……ああ、問題ない。それより、敵の動きは?」


「はい。歩兵や騎馬兵が、街の中へ進軍を開始しました。配置した団員たちがそれぞれ応戦しています」


 市街戦は基本、防衛側が有利な戦いになる。地の利があるのは当然のこと、相手が仕掛けてくるであろう様々な作戦を想定した対策や待ち伏せも可能だ。一方、侵攻側は、戦況の把握が難しく、味方との連携や臨機応変な作戦の変更も通しづらい。日頃の兵の練度が試される戦となるだろう。


 王都に身を寄せる国民と王族を守り通し、炎の国ルベライト兵を残らず撤退させること。それが、今回の水の国アクアマリン側の勝利条件だった。


「どこへ向かって進軍している? やはり、王宮か」


「いえ、それが……国の内部へ入り込もうという動きは見られるのですが、真っ直ぐ王宮を目指しているわけではなさそうなのです。各小隊・中隊が広範囲に散らばり、手当たり次第に街を破壊して回っているように見受けられます」


「何?」


 これだけの大所帯で攻め込んできたのだから、いよいよ水の国アクアマリンを落としにかかったのだと踏んでいた。その為に、国を統治する王族の首を狙ってくるのだろう、と。しかし、それならば目的地は王宮であるはずだ。


(道を空けて巨大な兵器でも持ち込む気か、こちらの地の利を潰したいだけか、あるいは、一度分散してからどこかのタイミングで戦力を再集結させるのか……)


 可能性だけならいくらか考えられるが、決定付けるには情報が足りない。戦争はまだ始まったばかりなのだ。現場を指揮する任を仰せつかった自分が、ここで足踏みしているわけにはいかないと、アドルフは気合いを入れ直す。


「……分かった。至急、ミランダ様にもお伝えしろ。それから、監視塔に居る者は全員、この場を離れて応戦に当たれ。目的は不明だが、敵が建造物を破壊しているのなら、ここも確実に狙われる」


「承知しました。団長は?」


「もちろん、俺も前線へ出る」


 忌々しい化け物リューズナードからの事前情報によれば、敵軍には騎士団長も含まれている。炎の国ルベライトは王族が戦闘向きの能力持ちではない為、実質最も戦えるのは騎士団長の女性だ。何度も白刃を交えた相手を、今さら性別を理由に見縊みくびるような真似はしない。こちらも全力で立ち向かう必要がある。


 強く拳を握り締め、団員たちと共に監視塔を後にした。



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 王宮の軍議室にて現場からの第一報を受けたミランダは、美しい容貌を歪めることなく、静かに視線を落とした。眼前の巨大なテーブルには、水の国アクアマリン全体の俯瞰図や大陸の勢力図、双方の兵力を表す駒などが並べられている。


 奇襲の失敗を悟った時点で、敵がなりふり構わず王都へ進軍して来る可能性も考えていた。しかし実際には、炎の国ルベライト兵は横に広く展開し、建造物を破壊しながらじわじわ進んでいるのだと言う。一体、なんの為に?


 街を荒らされれば当然、国政に影響が出るだろう。けれど、そんなものは時間と費用をかければいずれ修復できる程度の損害である。国を陥落させるには足りない。王と国民が無事であれば、再起は可能なのだ。ミランダには、それだけの国力を蓄えさせてきた自負がある。


「開けた道を作り、破城槌や投石器カタパルトのような兵器を持ち込むつもりなのでしょうか?」


「馬鹿言わないで。湾曲した水路がいくつも通っているこの国で、そんな大掛かりな瓦落多がらくたを容易に運搬できるはずがないでしょう。先兵からも、その類の物を見たなんて報告は受けていないわ」


「では、こちらの地の利を埋めにきた、ということでしょうか」


「そちらのほうが、まだ現実的ね。野営や撤退を想定した場合、遮蔽物が無くて困るのは賊共のほうでしょうけれど」


 兵士たちと意見を交わし、敵の出方について検討を重ねる。正確な答えが出るかどうかは、さほど重要ではない。現段階では、できる限り多くの可能性を視野に入れておくことが重要なのだ。人と人とが交錯する前線の状況など、ものの数秒で呆気なく変動するのだから。


 自身も前線へ出ると息巻いていた父は、なんとか自室に押し込めている状態である。出番を与えてなるものかと、ミランダは必死に思案を続けるのだった。

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