37話
中へ入ると、広くて清潔感のあるエントランスホールに出迎えられた。正面には案内係の女性が二人と彼女たちを囲う受付カウンターがあり、奥には待機用のソファや観葉植物、カードリーダー式のゲートなどが見える。
「よ、ようこそお越しくださいました。……あの、お名前とご用件をお願いします」
明らかに施設や軍務の関係者ではなく、なんなら
リューズナードたちは完璧に無視をきめ込むことにしたようで、素通りしてゲートのほうへ向かって行った。馬鹿正直に用件を話しても通してもらえるわけがない為、ロレッタも「お、お気になさらず!」と頭を下げて二人を追う。入口の自動ドアと同様の手順でゲートを開き、そそくさ侵入した。
後方から、「ちょっと!? 衛兵を呼ばなくちゃ! 騎士団にも連絡!」「あと、警報も!」とバタつく声がする。余計な仕事を増やしてしまい、心底申し訳なく思う。
ゲートの先は、部屋と呼ぶのか廊下と呼ぶのかも迷うような、閉鎖的な空間があるだけだった。ロレッタの胸元くらいの高さを持つ機材が、壁に沿うように十基ほど並んでいる。壁の端には手動で開ける扉が設置されていた。
ひとまず扉を開いてみると、目の前に古びた折り返し階段が現れた。階段室のようだ。あまり親切ではない高さの段差が、いくつも連なって上階への道を作り出している。
「……目的地、何階なんでしたっけ?」
「五階だと聞いた」
「うわ、きっつ……。昇降機とか無いんですかね?」
「知るか」
二人のやり取りを聞いたロレッタは、ちらりと階段室の外へ目を向ける。円柱状で、見えている側の底面にボタンとスキャナーが備えられた十基の機材。きっと、あれらが昇降機に相当するシステムだ。ボタンを押して行きたいフロアを指定し、手を
魔力がないと扱えない代物の上、一度の操作で一人ずつしか移動できない。ロレッタだけ先に目的のフロアへ向かうこともできるが、二人を待っている間に施設関係者や衛兵に見つかると不要な厄介事を招いてしまう。別行動は得策ではないと判断し、ロレッタは口を噤んだ。
「ロレッタ」
「は、はい、なんでしょう?」
「俺が抱えて上ったほうが早い。じっとしていろ」
「え、あの……きゃあ!?」
言うが早いか、リューズナードは自身の手をそれぞれロレッタの膝裏と背中に添え、全身を横向きにして持ち上げた。突然のことに焦るロレッタは、とにかく落ちないようにとリューズナードの肩にしがみ付く。
人間ひとりを軽々持ち上げた彼は、そのまま階段を一段飛ばしで軽快に駆け上がり始めた。
「嘘でしょ……!? 待ってくださいよ!」
フェリクスが慌てて追って来るのが見えたが、リューズナードが踊り場で素早く折り返してしまい、その後もぐんぐん差が広がって、あっという間に見えなくなった。
視線を上に向ければ、すぐそこにリューズナードの顔がある。有酸素運動をしていることもあり、息遣いまではっきり届く。彼の額から頬、そして顎へ、一筋の汗が伝った。理由は分からないけれど、なんだか目が離せなくなる。自分の心臓の音が煩い。
すると、それまで足元と進行方向を適宜確認していたリューズナードの視線が、ロレッタのほうへ向けられた。しかし目が合ったのは一瞬で、彼のそれはすぐに前方へと戻される。
「……あまり、俺のほうばかり見るな。気が散る」
「あ……申し訳ありません! ご不快な思いをさせてしまって……。あの、時間をかけてでも必ず追いつきますので、いつでも下ろしてください」
「いや、決して不快だったわけじゃないんだが……そうじゃなくてだな……」
「?」
口籠った彼の頬が、ほんのり赤い。運動している人間の体温が高いのなんて当たり前の話だが、先ほどまではもう少し、平常時に近い顔色だった気がする。疲労が溜まり始めたのだろうか。尚更、下ろしてくれれば良いものを、彼の両腕はどこまでも力強く、離してくれそうにない。
結局、彼の
いくらか時が経ち、手摺を頼りにフェリクスがよたよた上って来た。長距離を走り抜け、階段も必死に乗り越えた彼の両足は、遠目にも震えているのが分かる。自力で上れば、ロレッタも同じことになっていたのだろう。
すでに呼吸の乱れも収まっているリューズナードを見るなり、フェリクスは表情を歪ませた。
「はあ、はあ……ほんと、身体能力、イカれてますね、あんた……」
「俺は普通の人間だ。俺にできることは、他の奴にだってできる」
「嘘つけ……っ!」
なんとか踊り場までたどり着いたフェリクスがそう吐き捨てた、その時。壁に設置されたスピーカーから、低く唸るような機械音が鳴り響いた。階段室だけでなく、棟の内部、全てのフロアに響き渡っているようだ。
『先ほど、三名の不審者が棟内へ侵入しました。階段で上階を目指しているようです。衛兵や騎士団の指示に従い、身の安全を第一に考えた行動をとってください。繰り返します。先ほど、三名の――』
機械音の合間に、女性の声でアナウンスが発信される。受付に居た彼女たちだろう。最初の機械音は警報で、すでに衛兵や騎士団への通報も済んでいるらしい。
「……休んでいる暇はなさそうだな。行くぞ」
「はい!」
「うえぇ……はい……」
リューズナードが階段室の扉を開き、待ち伏せされていないことを確かめてから、駆け出した。ふらつくフェリクスを支えつつ、ロレッタも後を追う。目指すは一番奥の部屋だ。
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