43話

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 凄まじい轟音と共に建造物の窓や玄関が吹き飛び、外壁がひび割れ、崩れ落ちていく。人々の暮らしを支えていたはずのそれらが、瞬く間に瓦礫へ変わり、遂には炭へと成り果てる。その炭の上に体を叩き付けられ、次第に動かなくなっていく兵士なかまたち。絶えず飛び交う炎、水、断末魔。


 そんな地獄のような光景が、そこら中に広がっていた。炭と血のにおいが混ざった空気が気持ち悪い。自分の守るべき国が地獄へと塗り替えられていくことに、アドルフはない憤りを覚えていた。


 怒りのままに槍を突き出すも、ナディヤの剣に軽くあしらわれてしまう。剣の背で槍の柄を弾いて軌道を変えられ、空いた懐に赤い刃が容赦なく飛び込んでくる。長尺の槍を手放して身を軽くし、力いっぱい後方へ飛び退いた。すぐさま槍を生成し直して体勢を整える。


 余裕のない表情のアドルフに、ナディヤが愉快そうな笑顔を向けた。


「どうしたの? 随分、調子が悪そうだねえ。前に戦った時は、もうちょっと強かった気がしたんだけどなあ……。ボクの思い違い? それとも、どこか怪我でもしちゃった?」


 攻撃をするにも、防御をするにも、左腕に痛みが走る。力を入れれば入れただけ、ジクジクと脈打つような鈍痛が強くなる。思ったように膂力を振るえないストレスが、さらなる苛立ちとなって自分の内に蓄積されていくようだった。


 口振りから察するに、ナディヤはこちらの事情をある程度は把握しているのだろう。即ち、リューズナードの強襲によって兵士の一部が負傷し、アドルフも怪我を負ったのだということを。分かっていて白々しく尋ねてくるのが、また憎たらしい。


「……ああ、調子はあまり良くないな。だが、このくらいのハンデをやらないと、まともな戦いにならないだろう?」


「あはは! すごい強がりだね! うちの斬り込み隊長に、こっぴどくやられたんでしょ? ご愁傷様~」


「……お前たちの指示で強襲を仕掛けさせたと言いたいのか? 馬鹿らしい」


「あれ、騙されなかったか。リュー君がそんなことするわけない、って信頼してる感じ?」


「虫唾が走ることを言うな。あの化け物を従わせるなどと、こちらの王族でもできなかったことが、炎の国ルベライトの無能な王族にできるはずもない」


「化け物って! ……まあ、異論はないけどね」


 自国の王族を貶されても、気にせずケラケラ笑うナディヤに嫌悪感が募る。相も変わらず、忠誠心のようなものは欠片も抱いていないようだ。元は貴族の生まれという情報もあるので、家の面目を保つ為に渋々王族の言うことを聞いているだけなのかもしれない。


「……今回の侵攻の目的はなんだ? 何故、真っ直ぐ王宮を狙わない?」


「さあ、なんででしょーね!」


 ナディヤが剣を真上に掲げる。剣尖が天を指し、その切っ先の数センチ上に、炎が現れた。球体のような形状で揺らめくそれはみるみる膨張して、自身のかたちを変えていく。


 彼女自身より一回り大きなサイズにまで成った火炎から、一対の巨大な翼が生え、長く伸びる尾が生え、球体が腹や胸を模したなだらかな曲線へと変わり、鋭い嘴を備えた頭部がせり出した。全身を燃え盛る炎で彩った、巨大な怪鳥が姿を現したのである。


 翼や尾が揺れ動く度に、地上へ火の粉が降り注ぐ。転がる瓦礫が焼け焦げて、不快なにおいが鼻についた。周辺一帯の気温も上昇した気がする。肌が灼けるように熱い。


「――暴れておいで、フェニックス!!」


 それまで大人しく停滞していた怪鳥フェニックスが、ナディヤが剣を前方へ傾けるのに合わせて飛び立った。一般兵たちが使用していた、ただ直進するだけの火炎弾とはわけが違う。まるで自らの意思を持っているかのように翼を広げて滑空し、旋回し、残っていた建造物を破壊し始めたのだ。


 雄々しい炎でできた翼が、耐火性能の高い石材を簡単に打ち壊していく。壁が脆くも崩れ去り、翼に触れた箇所から次々と引火、流れるように誘爆を引き起こしていった。何ヶ月もかけて建てた家屋や施設が、ほんの数秒で瓦解する。とても国民に見せられる光景ではない。たとえ体が助かっていても、間違いなく心が折れる。

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