44話

 いくつかの大通りや路地を挟んだ向こう側から、微かに悲鳴が届いた。怪鳥フェニックスが倒壊させた建造物の下敷きになったのだろう。あるいは、爆発に巻き込まれたか。赤も青も関係なく、たくさんの兵士が巻き添えになったのは想像に難くない。


 どの戦場で対峙しても、ナディヤは味方を巻き込む大掛かりな攻撃に躊躇がない印象がある。炎の国ルベライト兵は蘇生魔法で蘇る、という前提があるからなのか、最初から兵士たちの安否など気にかけていないのか、真相は知らない。どちらにしても非人道的で、到底理解できるものではなかった。


 アドルフはすぐさま斬撃を放って怪鳥フェニックスの動きを止めようとした。しかし、再びナディヤが斬り込んできた為、応戦せざるを得なくなる。上段から振り下ろされた刃を、横向きに傾けた槍で受け止めた。左腕に痛みが走り、不快感で表情が歪む。


 ナディヤが剣を真下へ振り抜き、その勢いを殺さないまま手首を返して素早く次の攻撃へと繋げてくる。敵の動きに合わせ、こちらも槍の向きを変えて防いだ。ガキン! ガキン! と金属を打ち合っているかのような轟音が響き渡る。


 リューズナードが使っていた片刃の刀とは違い、ナディヤが使う得物は両刃の剣だ。刃に厚みがあり、切断よりも刺突や殴打に適している。扱うには相応の腕力が要求される為、女性向きの武器とは言い難いが、ナディヤの攻撃は一振り一振りがしっかりと重い。自重、重心の移動、遠心力など、様々な要素を効果的に使い分けて威力を上げているようだった。


 対するアドルフも、女性に容易く力負けするような鍛え方はしていない。しかし、やはり負傷した左腕がネックだった。痛みに気を取られ、徐々に動きが鈍っていく。赤い刃が、隙あらば左側から襲い掛かって来るのも面倒である。戦術としては妥当だ。敵の弱点を分かっていて攻めない兵士など、実戦で役には立たない。


 何度目かの競り合いになり、額から頬へ脂汗が伝う。腕力だけでは不足だと判断したアドルフは、敵側に無理やり一歩踏み込み、自重を乗せて全身で相手の体を押し返した。


 勢いを往なすべく、ナディヤが軽快な足取りで飛び退く。一歩だけ下がり、こちらの体勢が整うよりも早く連撃を再開するものかと思ったが、彼女は二歩、三歩と後退し続け、不自然に距離を取った。


 何のつもりかと勘繰りながら槍を構え直した、その時。後方から、凄まじい熱源が猛スピードで接近して来る気配を感じた。確認の為に振り向く余裕もない。直感だけで体を右側へ跳ねさせると、アドルフの左の脇腹を、炎の塊が掠めて通過していった。飛び回っていた怪鳥フェニックスが旋回し、アドルフ目掛けて突進して来たのだ。


「う、ぐぅぅ……!」


 装束の一部が灰になり、露わになった皮膚が火傷で赤く爛れていた。ジクジクとした痛みが腹から全身へ伝播する。


 崩れ落ちそうになったものの、怪鳥フェニックスが地上に近い高度まで降りて来た今が撃ち落とす好機なのだ。悠長に膝を着いている場合ではない。足に力を込めて踏ん張りを利かせ、槍の穂から青い斬撃を放つ。


 怪鳥フェニックスが両の翼を大きく羽ばたかせ、空高く舞い上がった。斬撃は尾の根本近くに命中、致命傷には至らなかったものの、該当箇所を体から斬り落とすことに成功する。落ちた尾は地上へたどり着く前に霧散して消えた。痛覚はないのだろうけれど、飛行バランスをやや崩したのか、体をバタつかせている。


 アドルフは大きく息を吐いて呼吸を整えた。あの鳥に、魔法は当たる。そしてダメージも与えられる。それだけ分かれば、もう十分だ。


 見たところ、怪鳥フェニックスは一定の範囲内でのみ活動している。魔力の供給源たるナディヤから、あまり離れられないのかもしれない。行動範囲に制限がないのなら、最初から兵士たちと共に市街へ送り込んでいたほうが、侵略もスムーズだったはずだ。自由かつ強力な魔法なので、魔力の消費量の問題もあるのだろう。


 だとすれば、あの鳥は周囲の建造物を破壊し回った後、再びアドルフへと襲い掛かって来る可能性が高い。他に目ぼしい標的が無くなれば、残る敵の排除の為だけに動くことになるはず。もしくはナディヤ自身が移動しながら戦闘を続けようとする可能性も考えられるが、それならそれで、アドルフにとってはと言えた。


 出撃前、ミランダと最後に交わした軍議の様子を思い出す。



『それで、アドルフ。貴方は、今の状態で炎の国ルベライトの騎士団長を撃破できるのかしら? 根性論なんて要らないわよ。事実のみを正確に報告しなさい』


『承知しております。……お恥ずかしながら、負傷した左腕が回復しきっていない現状では、単独撃破は難しいかと。かく言う、周りに部下を配置したとしても、巻き添えになるだけです』


『……そう。分かったわ。それならば、貴方にもう一つ、命令を下しましょう。一人で勝つのは無理だと感じたなら、その時は――』



 国王陛下の代理を務める彼女の声は、いつでも凛としていて、兵士の心を奮い立たせる力がある。アドルフも、自分の背筋が伸びるのを感じた。


 あくまでも、あの命令は守り札の代わりだ。君主の手を煩わせずに済むのなら、それに越したことはない。この国の敵は自分の手で排除する。確固たる信念が、槍を持つ手に力を込めさせる。

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