32話
家にたどり着く頃には、ロレッタの全身は水浸しになっていた。体力はもちろんだが、体温もだいぶ奪われている。水を吸った外套を脱いで土間に置き、手早く着替えてから囲炉裏に火を点けて暖を取った。
質素な作りの家屋が、風に煽られてガタガタと揺れている。横殴りの雨に襲われている窓など、今にも割れてしまいそうだ。時折、鈍い音が聴こえてくるのは、飛ばされて来た木片か何かがぶつかっているのだろうか。
ロレッタは、冷えた体を抱えるように縮こまった。
(一人きりって、こんなに心細いと感じるものなのね……知らなかったわ)
王宮では常に誰かが傍で控えていたし、どんな悪天候でも建物自体が揺れ動くことなどなかった。自分の中の当たり前が、また一つ、突き崩されていく感覚。日常生活での発見は楽しいものばかりだが、今回のようなことはできれば遠慮したいところである。
一人この家で過ごす時間にも、ずいぶん慣れたつもりでいたのに、ここにきて初めて「寂しい」という気持ちを自覚してしまった。
(……戻って来ては、くれないかしら……)
もう長らく口を利いていない同居人の姿を思い浮かべる。この期に及んで、話し相手になってくれ、とまでは言わない。ただ、近くに人の存在を認識できるだけで、この胸の不安は和らいでくれる気がするのだ。例えそれが、自分をひどく嫌っている相手だったとしても。
孤独に押し潰されそうな心地で、静かに揺らめく炎を眺め続けた。
どのくらい、そうしていただろうか。時間の感覚が分からない。太陽や月の光が届かなければ、この村では朝と夜の区別さえも朧気になる。嵐は未だに収まる気配を見せていない。
体力も体温もおおよそ回復し、他にやることのないロレッタの目蓋が重くなり始めた頃。突然、家屋の扉を強く叩く音が鳴り響いた。何かがぶつかっているのではない。人の手で繰り返し、無遠慮に叩いている。
「ロレッタちゃん、いるか!? 開けるぞ!!」
ひどく焦った男性の叫び声がしたかと思うと、建付けの悪い扉が力任せにこじ開けられた。見知った住人の男性が、息を切らしてロレッタを見る。
「ど、どうされたんです――」
「すぐに避難してくれ! 川が氾濫する!」
「え……!?」
言いながら男性は、中へ上がり込んで囲炉裏の火を消し、困惑するロレッタに外套を被せた。説明する時間も惜しいのだろう。手を引かれるまま、ロレッタは再び嵐の中をひた走ることになった。
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