33話
水田で農作物を育てるには、安定した水の供給が不可欠だ。この村では、外を流れる川を分岐させて導線を整備し、用水路として活用している。源流となる川が氾濫した場合、用水路へも大量の水が勢いよく流れ込み、村が大惨事になってしまう。
川沿いには堤防を設けて高さをつけているが、今回の大雨による増水で水位が上昇し続けており、越えてしまうのも時間の問題となっているらしい。必死に走りながら状況を聞かされたロレッタは、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「村の端に避難所があるから、そこまで移動するぞ! まだ走れるか!?」
「は、はい……!」
村では他の住人たちも一斉に避難を始めていたようで、あちらこちらの家屋から飛び出してきた人々が、同じ方向へ向かって走っているのが見えた。皆、避難所を目指しているのだろう。子供や高齢者、怪我人を誘導している者の姿も確認できる。
ただ、どれだけ目を凝らしても、その中にリューズナードの姿が見当たらない。
「あ、あの……リューズナードさんは……?」
「あいつは水門だ。他の奴らと協力して、川と用水路を分断しに行ってる」
「え!? 川の近くは、危険なのでは……!?」
「危なくても、誰かがやらなくちゃならないんだ。それに、こういう時、リューは真っ先に飛び出して行っちまう。周りが止めても聞きやしねえ」
川と用水路の分岐点には水門があり、その開閉で村へ供給する水の量を調節している。嵐が猛威を振るう今、そこは最も危険な地点だと言っていい。足を滑らせて川へ呑まれたら? 強風で転倒して体を打ち付けたら? 例え村が無事で済んでも、犠牲が出てしまったのでは意味がない。
(…………)
村を襲っている脅威は、大雨、洪水、強風、増水、氾濫……つまり、ほとんどが水害だ。
自然災害は人知を超えた脅威であり、人間にできる抵抗などたかが知れている。日頃からどれだけ対策を講じていたとしても、完全に無力化することは難しい。……普通の人間なら。
しかし、数ある天災の中でも唯一、水害であれば、ロレッタには対抗できる術がある。そして今、この村でそれができるのは、自分だけなのだ。
ロレッタの足が止まった。
「ロレッタちゃん、どうした? 怪我したか!?」
「……私はここまでで大丈夫です。他の方の誘導を優先してください」
「え? いや、でも……」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
無知で無力な自分を温かく受け入れてくれた、この村の人々役に立ちたい。その気持ちだけを胸に、ロレッタは水門を目指して駆け出した。
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